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今日のひとこと

2000年の3月より、海外出産・育児コンサルタントとして感じたこと、国際医療ソーシャルワーカーとして感じたこと、海外生活体験者として感じたこと、母親として感じたこと、女として感じたこと、そして何よりもノーラ・コーリ個人として感じたことを今日のひとことで毎週つづってきました。以下はバックナンバーです。

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2000年

2000.3.20.

昨夜、NHKで新潟の少女監禁事件について特集をしていました。私は彼女のことを思うといたたまれない思いでいます。失われた青春は二度と戻ってきません。そのためにも彼女は19才の今からもう一度9才からの日を生きなくては行けないと思います。人間は失われた時期を必ずどこかで取り戻そうとします。そのためにも彼女にとってのリハビリは to relive the past 9 years なのだと思います。春名ちゃんの事件にしろ、こどもを持つ私達にはこれらの事件はいろいろなことを考えるチャンスを与えてくれていると思います。どうぞこれらの事件を単に対岸の火事として見るのでなく、自分たちの子育て、子ども達の未来、しいては社会構造について考える材料として使ってください。

誘拐事件はどこにでも起こりうるのです。海外では特にこどもから目を離さないでください。目を離すときは必ず責任のある人に預けるようにしてください。お財布の中には常にこどもの写真を携帯し、メモ書きでこどもの身長、体重、特徴、生年月日などすぐ現地の言葉で伝えるようにしておいてください。これらの事件を耳にすると私の心中はまだまだ凍りついたままです。

2000.3.23.

ここ、横浜もだいぶ春めいてきました。昨日は帰国ママたちの会に出席して世界の常識、非常識について話し合っていました。たとえばファーストフードでオーダーするMサイズはアメリカと日本では違う、ランドセルは英語ではない、オランダの冬の登校時間は真っ暗である、マレーシアのイスラム教徒はとんかつを食べない、アメリカの学校には上履きがない、イスラムの子供は犬と遊ばない、アラスカでは中学生でも運転している、とまあ、このようなことなのですが、その中でどれがずっと日本に住んでいる日本人にとって物珍しいだろうかと選んでいました。その中で気が付いたことがありました。それは海外生活を長いこと経験した私達はもう日本人としての常識感覚がすでににぶっているということでした。

私達はもう海外での常識が当たり前になっていて、めずらしい、とかおもしろいとか、日本と違うなという感覚がすっかり麻痺しているのです。その代わり日本に帰国すると、あれ〜〜〜日本ってこうだったっけと再認識するわけです。つまり私達はけっこう順応性があって、常識の世界においてもすっかりその土地に溶け込んでしまうということですね。

このことを認識しているのとしていないのとではだいぶ帰国後の生活に影響するはずです。皆さんの中にいずれ日本へ帰る方がいらっしゃると思いますが、帰国後、滞在国のメジャーで帰国後は測っていることも覚えておきましょう。

2000.3.24.

横浜でも桜の開花宣言が出されました。いや、とうとう春がやって来ましたって感じですね。皆さんの所はどうですか?桜なんて無いのかな?

今朝はとてもよいことばに出会いました。それは人生の4つのガイドラインと言うことで、まず1番にユーモアをもつことと書かれていました。なるほど。そうか。笑うことは生きるための大切な要素。ふむふむ。2番目は夢を持つこと。まあ、これは人生に目的を持つと言うことですね。うん、納得。ふむふむ。3番目は年をとることと、成長すると言うことは違うといい、さらに人生の変化の中で常にチャンスを探しつづけることの大切さを説いていました。そして最後は後悔をするなと言うことでした。死を恐れる人は後悔の念を持っている人だと書いてありました。

さてはて、私はどうかな?今死んでもいいかな?と思ったとき。うん、いつ死んでもいいと思っています。”ノーラさん、うっそー”と言われそうですが、昔は人生40年といったものです。だいたい40年も生きてきたらその間にやりたいことをやってなくってどうするんですか?そう思いません?皆さんはまだ30?20?まずは40年までにある程度の人生の目標を設定し少なくともそのときまでは軌道に乗せておくというのはどうでしょうか。そして残り40年はもうからだの上では下り坂。けれども精神面では登坂。ますます魅力ある人間として磨きをかけていくときではないかな?だから基礎ができた所で私はこの後の人生、本当の意味で生き抜こうと思いました。来週はシンポジウムに呼ばれていますので、そちらに出向きます。HPをご覧になった方、是非声をかけてくださいね。

◆ ベビカムセミナーシリーズ ◆ 【 ベビパタトークVol.2 】開催 

    『日本の子育て、よその国からみてみると?』     

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日時:2000年4月9日(日)午後1:30〜3:00

場所:東京都児童会館 4F講堂 (JR渋谷駅から徒歩5分)

参加費:無料(プレゼントもあり!)

ゲスト: ミュリエル・ジョリヴェさん/上智大学外国語学部教授 ・ ノーラ・コーリさん/海外出産・育児コンサルタント ・ 前薗香織さん/フィンランドで妊娠・出産・育児を経験 ・ 松田正樹さん/男も女も育児時間を!連絡会・世話人  他

2000.3.31.

先日、インターナショナルスクールの情報を提供するというHPを見つけました。帰国してからアメリカのようなプレスクール環境にこどもを入れたいという問い合わせもあり調べていた次第です。しかし驚いたことにその情報は会員のみへの情報で、情報を得るためにはfeeを払わなくてはいけませんでした。私は一応名前はコンサルタントとつけていますが、実際は相談を受けても、情報を提供しても金銭的な請求はしていません。おそらくこれをビジネスにしようと思えばそれなりの価値はあると思います。が、・・・・・・・

毎日、20通にも及ぶメールが世界中から届き、私自身も20通以上のメールに毎日答え、ほとんど一日がパソコンの前で過ぎて行くという日々です。今までに実にいろいろな出会いがありました。顔はわからなくても、文面から心は読み取れます。たった1,2通のやりとりで終わる場合、またはその後何十通にも及ぶ関係に発展することもあります。しかしこの仕事をしていると関係が持続することが大切なのではなく、その一瞬、一瞬、つまり一度のメールでの出会いが貴重なのだと私は自分に言い聞かせています。私がたまたまその人と出会い、その人の心に触れさせてもらったということがとてつもなく貴重な体験だと思うのです。私は彼女達からいつも貴重なものを学び、それが私の心に刻まれ、自分自身の糧となって行くのです。そのため当分このHPを維持するためには原稿を書き、講演に出向き、通訳をし、資金稼ぎをして、貧乏暇無しは続きそうです。

2000.4.2.

きのうのすごい風で桜の花びらもだいぶ落ちてしまいました。けれども私のオフィスから見える桜はまだまだその美しさをかもし出しています。

そんな今日、香港、イギリス、フランス、アメリカで出産された方々の集まりに参加させて頂き、大変貴重なお話を聞かせていただきました。そしてその会話の中で帰国してからの子育てについて話しがあがりました。日本は海外で子育てをしてきた人達にとってどのような子育て環境なのだろうかというのが私の疑問でした。

もちろん国によって差はあるものの、一応にして帰国ママ達は日本だけで子育てをしてきた本国ママ達とギャップを感じるようです。けれどもそれは当然の事でしょう。私達は一歩外に出て、異国の空気を吸いはじめるとそれは確実に私達のからだの中で身となっていくのです。ものの見方も当然変わります。価値観も変わります。しつけの仕方も変わります。そえがおのずと無意識に出てしまうのでしょう。しかし相手に不快印象を与えるので無く、迷惑をかけているのでもなければ新しく異国の地で成長した自分のありのままの姿であってよいのではないでしょうか。

日本も違った考えの人を受け入れるという姿勢を改めなくてはならないと思います。そのためにも是非今の季節のようなさわやかな春風を起こしてください。

2000.4.11.

かれこれもう5年ほどになりますでしょうか。私は生まれた子ども、あるいはおなかにできたこどもをどうしても事情があって育てられない女性のカウンセリングをしてきています。けさはアメリカ人とニュージーランド人の友人となぜ親子心中が日本にあるのか、そしてその反面こどもを病院の前に置き去りにする母親の心理について彼女達の文化から見て、また私の日本の文化から見てディスカッションをしていました。すごく話しは盛りあがったのですが、どちらの国も自殺しようと決心した親が愛する我が子の命までをも奪う現実はあまり聞かないと主張していました。皆さんはどう思われますか?皆さんの国ではどのように日本の中絶、捨て子、親子心中などをとらえるでしょうか。興味ある所です。ご意見お聞かせください。

今、発売中の saita という雑誌にハワイでの出産が特集としてとりあげられています。詳しい事情を知りたいと言うことで私も取材を受け、情報を提供しました。情報提供はしますが、私はあくまでも赤ちゃんに負担のあるリスクの高い短期滞在型の海外出産はサポートしていませんので、このあたりは誤解しないでくださいね。セブンイレブンを中心にしたイトーヨーカドー系のスーパーなどに売られていますのでご覧ください。

2000.4.12.

今日はNHKから取材を受け、海外出産、育児コンサルタントとしての仕事についてたくさんの質問を浴びさせられました。(ふ〜〜〜、しゃべり疲れた)その中で私からの皆さんへのメッセージは?と最後に質問をされ、とっさに考えた事を伝えたのですが、本番のインタビューロケまでにもう少し考えておきますとつけ加えました。それはそう簡単にひとことで言い表わせないかと思ったからです。皆さんへのメッセージと言うよりは、なぜこの仕事を続けているかと言うことに私の考えがづれてしまったのです。(メッセージは明日ここに書きます。乞うご期待!)

私は情報提供をするという大それたことではなく、むしろ皆さんと一緒に情報集めを手伝うと言う気持ちでいつもいます。つまり私の提供する情報は実はほんのひとかけらなんです。それよりも私の時間の大半は皆さんから世界のお産、子育て事情を教えてもらっているのです。そしてそこから得るものははかりしれない貴重なものと感じます。あっと驚く知識はもちろんのこと。私は世界の価値観の多様性をいつも教えられます。さらに皆さんのがんばりは私の時には孤独な、地道な、時間ばかりがかかる情報集めの作業に意欲をふきかけてくれます。そして最後に皆さんとの出会い、ネットワークの広がり、これがあるからこそやめられないのです。知れば知るほど自分はまだまだ無知なのだということを私は毎日皆さんから学んでいます。皆さん、本当にありがとう。

2000.4.14.

先日NHKの取材で「最後に皆さんへのメッセージをお願いします。」と聞かれました。それについていろいろと考えました。いったい私はどんなメッセージを送れるかな?と。そう、私がつくづく感じることはただでさえ大変な出産、子育て、それをことばの違う、文化も違う、身近に助けてもらえる人がいない環境の中でこなすことは夫婦の力合わせなしでは不可能だということです。しかしひとつひとつのハードルを乗り越える事によって家族の絆も夫婦の絆も強められ、この先、どんな苦難も立ち向かえる姿を持つことができると思います。究極の異文化体験である海外でのお産と子育て、これは現地をまた違う視点からみつめ、知るよいチャンスでもあります。現在そのまっただなかにいるときはなかなか見えないものですが、それは10年、20年たって実りとなることもあります。どうぞ皆さん、これからも人生長い目で見て、この大変な時期をむしろエンジョイしてください。

というわけで、光栄なことに20日木曜日、NHKのBS23(衛生第一放送)という番組に11:20頃からちょっとだけ私が出ますので、もしまだ眠くない方がいらっしゃいましたら、私の活躍ぶりをのぞいてみてください。

2000.4.19.

20日の日にNHKのBS23という番組に出させていただきました。恥かしくて、我ながらどきどきして見ていました。しかし編集のすばらしさに感銘を受けました。実際丸一日撮影があり、それを10分以内の収録にわずか一日で仕上げてしまうスピードですからすごいです。浜野さんご苦労様でした。本当にすばらしい報道をありがとう。とこの場を借りて thank you!!? また取材にご協力頂いた皆さま、ありがとうございました。

今日は東京ビッグサイトという会場で開かれていたブックフェアに行ってきました。ああいうところは男の人ばっかで、男性ホルモンの匂いがぷんぷんで、どうも私は苦手です。私は常に女性の方々、しかも母親、あるいは母親予備軍の方々と接しているので、私の鼻はおそらく女性ホルモンの匂いに慣れているのでしょう。赤ちゃんにはもちろん匂いがあります。なんとも言えないあの匂い。それも月齢と共にその匂いはものすごく変化します。あの赤ちゃんの香りをなんとかびんにでも保存できないかと思ったくらい好きでした。10才の娘も14才の息子もそれぞれに匂いがあります。匂いだけはディスクにも、ファイルにも、日記にも保存できない。けれども嗅覚が超過敏な私にとって匂い、香りはすべて頭と心の中に保存されています。

さて、今、発売中の saita という雑誌にハワイでの出産が特集としてとりあげられています。詳しい事情を知りたいと言うことで私も取材を受け、情報を提供しました。情報提供はしますが、私はあくまでも赤ちゃんに負担のあるリスクの高い短期滞在型の海外出産はサポートしていませんので、このあたりは誤解しないでくださいね。セブンイレブンを中心にしたイトーヨーカドー系のスーパーなどに売られていますのでご覧ください。

2000.4.23.

桜はソメイヨシノから八重桜に変わり、季節は確実に到来しています。四季があることがこれほど生活の中に変化を与えるかとおもうとこの国に今、住んでいることに感謝しないといけないなと思います。カナダに住んでいたときは半年は冬でした。重いコートをいつぬげるかと春が待ち遠しかったです。またシンガポールではあのさわやかなすずしい風がなつかしかったものです。

さて、最近考えていることは助産士のことです。助産婦さんと女性しかいなかったこの分野に男性も参加したいとのこと。その資格を渡すべきかどうかと議論がされています。私は基本的にどのような職種でも男女平等の機会を与えるべきだと思います。そしてその機会は平等に与えられ、その資格をサービスにいかしたときにはたしてクライエントがつくかどうかです。それはクライエント側が決めることだと思います。もし産婦側で男性の助産士ですばらしい人に出会ったとすれば、その人が評価されるので、その人が性別において評価されるのではないと思います。産婦側のニーズも多様になっています。産婦が女だから女性の助産士を希望するとは断定できません。中には男性の方が安心できると言う人もいるかもしれません。つまり産婦側にもチョイスが与えれてもよいと思います。私はあらゆる価値観があることを目の当たりにして育ちました。そのため女性だから価値観がひとつと言うこともないと思います。私は男性にも助産士さんとして活躍してもらいたいと思います。そして男として評価されるのでなく、助産士としての仕事と人柄で産婦さんの支えとなってほしいのです。皆さんのご意見も聞かせてください。

2000.4.27.

不登校を考える : 今では不登校児が中学では各クラスにひとりくらいはいるというほど増えています。数字では12万人といわれています。また回りでも容認しているのが日本の現状です。無理に行かせるのはよくないとか、日本のシステムに合わない子ども達が出てきている、不登校になる子どもは神経がセンシティブでそれはよいこと、と受け入れ傾向にあります。もう今ではどの親でもこどもに不登校は起きると覚悟を決めておかなくてはいけないくらい、どんな子にも、うちの子に限ってというくらいです。

それではアメリカの状況はどうでしょうか。アメリカ人の友人に聞いた所、不登校はないといいます。また不登校と言ったらそれはさぼりだろうという反応です。そして調べた所、アメリカでは学校はこどもが絶対に行きたいと思わなくてはいけない環境であるべき、また義務教育なのだから行く権利があり、そのための処置としてはなんでも学校側がやると言った態度です。いったいなぜ学校にいけないのか、なまけているのか、学校でいじめをうけているのか、勉強ができないから行けないのか、うつとか対人恐怖症などの精神的な問題があるのか、とにかく、保護者、教師、ガイダンスカウンセラー、スクール心理学者とすべての関わりのありそうな人を交えて徹底的に問題究明に乗り出します。つまりこどもは将来、持前の力を社会の中で発揮させる権利があり、それを大人は保障する義務がある。しかし不登校児を容認していては社会に出て行けなくなる、それゆえにほっとかないのです。

日本では「行きたくなければ行かせなくてもいい」でそのあと何をしてると言うのでしょうか?なにか対策が取られているのでしょうか?学校側、保護者だけの素人集団では先の見えないトンネルにはまっているだけではないでしょうか?子ども達は本来友達と一緒にいたいのです。学校へも本当は行きたいのです。自分ではどうしようもなくて大人に助けを求めているのです!だからほっとかないでください。

2000.5.2.

海外という新しい世界へはばたく子ども達はすべてがすべて健常児ばかりではありません。ことばの遅れを指摘された子ども、ダウン症のこども、心臓に欠陥のある子ども、耳が聞こえない、目が見えない、歩けない、走れない、寝返りもうてない、そのような障害を持った子ども達も家族の一員として海外生活に挑んでいます。私は社会福祉を学んだ医療ソーシャルワーカーとして病気や障害を持った子ども達とたくさん接してきました。私の身近にもいる重度の障害を持った12歳のまこちゃんはいつも祈りの内にあります。海外でも日本にいるとき以上のケアを受けられるように、現地でのサポートを探すのも私の大切な仕事です。

そしてもうひとつ受けとめなくてはいけない現実があります。それはこれらの子ども達が海外だったからというわけではなく、そのような特別な障害を抱えて、時にその障害に疲れてしまう時がくることです。「00日、午後0時0分、やっと点滴や薬から開放され、Aは安らかに眠りにつきました。」という知らせを受けるときです。海外で我が子を失う親にとって、その滞在国はまた他の意味を持ってきます。海外で生まれることに意味を持つように、また海外で命を終えることに滞在国の意味を持つこともあります。あまりにも幼い命が葬られることはとても心痛みます。けれどもこの仕事をしている以上、生まれる喜び、亡くなる悲しみ、この二つが日本という場を離れて、海外という異国の地でも起こることを事実として受けとめ、また気持ちの上でもゆらぐことを認めざるをえません。

2000.5.16.

ここのところちょっと私用で忙しくしてました。いろいろと考えることはあった。どんな人間にでも平等に与えられているものはなんだろうと考えてみた。それは人を愛す事ができることではないだろうか。そしてもっと幸せな事は、その与えた愛を戻してくれる人がいることではないだろうか。赤ちゃんはその微笑みで返してくれる。ペットの犬は帰宅するとしっぽをふって喜んでくれる。私達はこのような下等とも思われる生き物からも愛情を戻されているのに、当の夫からはどうだろうか。結婚したのが一番の愛の証といった人がいる。

けれども「愛してる」っていう行動にしろことばにしろそれは毎日、毎日伝えていかなければ意味がないのではないだろうか。妻も同じである、ちょっとした思いやりに彼に対して、「愛してる」が伝わってるだろうか。今日、もう一度見なおして見てはどうだろうか。人を愛す事、それはだれもができることである。

2000.5.20.

海外の薬はよく強いとか言われてきました。私自身もアメリカ人の友人が飲む薬の大きさに圧倒されたり、飲む種類の多いこと、そしてその量にも圧倒されていました。こんなに飲むの?日本人はどちらかと言うと食べ物から栄養を取り、あえて薬からとるようなことはしません。しかし海外へ出るとどうしても滞在国のやり方でビタミン剤などが簡単に処方され、なんだかよくわからないものまで与えられ、わからないという不安から飲まない人も多くいます。そのため私は薬剤師の友人に協力を求め、彼の豊富な知識を分けてもらうことにしました。ケア・ワールドは多くの専門家のネットワークによって支えられています。

2000.5.30.

心の栄養にまた「人生について学んだこと」をadd しました。どうぞご覧ください。心の栄養に集められたお話しやことば、詩はすべて世界各国からの直輸入です。世界中の私の友達が送ってくれるものを日本語に訳しています。今日、カルフォルニアに住む視覚障害者であるMatthew が送ってくれたものを今回足しました。彼はほとんど目が見えません。そのため大好きなパソコンも拡大する機械を用いて発信しています。彼が職を失ったころに私は彼と出会いました。もちろん実際にではなくネット上でですが。そしてアメリカという障害者に対してもフレンドリーな国ですらいかに障害を持ったものが仕事につくむずかしさを彼から学びました。

私はネットの世界に入ってから自分の人生が大きく変わりました。いままでならとうてい会うこともできなかった国内外を問わず多くの人と会い、それらの人達から本当に多くのことを学び、自分がこんなに飛躍的に成長するとは思いもよりもせんでした。革命とはよくいったものです。ネットは利用し始めた人達それぞれの人生に革命を起こしているのだと確信してやみません。

2000.6.5.

ホームページを立ち上げてもう3年に近づいています。この間にたくさんの方が訪れていただきました。毎日平均して100件以上のご来訪があり、たいへんうれしく思っています。皆さんからのお寄せ頂くたくさんのメールも相談、励まし、提案、情報と実にこのホームページは皆さんによってできています。本当にありがとうございます。

さて、このたびこの10年以上の実績が実を結び、はじめて海外への視察依頼が外務省の財団からきました。今回はオランダのアムステルダム、フランスのパリへ視察に行きます。そのため6月5日から18日まではお休みをさせていただきます。この間いただくメールには19日以降にお返事となります。冊子の注文においても後日のお返事となりますのでご了承くださいませ。もしオランダ、フランスで私を見かけたら是非声をかけてくださいね。皆さんにお会いできることがなによりもの収穫です。

2000.6.19.

皆さん、たいへんお待たせいたしました。やっとオランダ・フランス視察旅行から帰国し、今日から仕事開始です。たいへん充実した視察旅行でした。最初はオランダに行き、現地での子育ての様子、出産状況を調べました。特に自宅分娩については興味があったので、システムについて調べたり、助産婦さんと一緒に産褥訪問をしてオランダの家庭を訪れたり、予防接種などが行われている保健所も見学させて頂きました。いろいろなアポイントをアレンジしてくださった杉上さんには本当に心から感謝いたします。彼女無しにこの企画は可能ではありませんでした。、またオランダではこどもの日本語の維持、帰国に向けての心構えなどについて講演もして来ました。

フランスは以前から無痛分娩が主流だと聞いていましたので、オランダとは正反対のコンセプトでした。産婦人科医とお話をしたり、現地の助産婦さんと一緒に写真を撮ったり、病院を見学させていただいたりとこれまた充実した視察が行われました。いままで見たり、聞いたりしたものを実際に目で見て確かめることの大切さを痛感しました。

特に現地での生活というものを彼らと一緒にホームステーを通して学ぶことはとても大きなことでした。いっしょに生活して初めて分かる事がたくさんあるものです。皆さんの力によって今回の視察が可能となり本当に感謝で一杯です。学んだことをこれからどんどん日本の各分野に発信して行こうと思っています。そのためにもどうぞ引き続きケアワールドのHPにお立ち寄りください。まずやオランダでの出産を体験談に加えたいと思っています。

2000.6.27.

どうも更新が遅れてすみません。実はHPに使用しているソフトが故障を起こしまして、ちょっと編集ができない状態でした。思い切って新しいソフトを買ってこのように再び編集できるようになりました。今回ソフトを買って学んだことは学割があると言うことでした。幸い私は教育関係の仕事をしているのでその学割の特典の恩恵を受けることができたのでしたが、いやはやその価格の差には驚きました。まさに正規で買うのと卸値で買うのとの差でした。さて、今、ピルについて読んでいます。驚いたことはピルの実体をあまりにも多くの人が知っていないということ。周りであれだけさわいだのに解禁になっても間違った情報に振り回されているがゆえに実際に産婦人科医が処方箋を書くのに忙しくなるという自体がおきなかったのです。

さらに驚いたことは日本の中絶の実体です。「中絶にくる人のほとんどがコンドームを使っていた」、「妊娠で外来にくる人の半数はできちゃった婚」、「既婚者の2,3割は別のパートナーがいる」、「中絶の6割は既婚者」とこのデータをどのようにとらえますか?私としてはショックでした。こどもができれば人生設計は当然狂います。それを自然というか、それともreproductive right を主張するか?ピルが海外でこれだけ普及しているのに日本ではいまだに中絶率が高いのはやはり問題なのでしょう。

2000.6.29.

なんてきれいな青空でしょう。きのうのあの風と雨のことを思うとうそのようです。私達の海外生活も同じですね。到着した当初はどうなるのだろうかと風と雨の毎日だと思います。それが気がつくとだんだんいろいろと情報が入ってきて気がついたら、青空が見えてた。そんなことがありますよね。

さて、今日考えていたことは会陰切開の事です。そう、それはお産の時にドクターがちょうど伸び切った穴を赤ちゃんが出やすいようにちょっとはさみをいれて大きくする事です。すごい具体的?ごめん。けどきっとお産について知らない人にはこんな生っぽい説明が一番かなと思って。けれどもこれって本当に必要なの?とかあれ、あとあとまで痛くてやだよね。とか傷が一生残るもんね。夫婦生活に影響するよね。とあまりポジティブな意見は聞きません。赤ちゃんのためとはいえ、その数分のために本当に必要?赤ちゃんのために私達の女性としてこれから生きていくからだを犠牲にしていいの?

おそらく助産婦さんによる介助だったら会陰切開を行う確率は低いと思います。切開を行うと出血もあるし、縫合、つれ、痛み、傷痕と続きます。時間をかけたお産ならば、そう、自然なお産だったらおそらく会陰切開をまぬがれるチャンスは高いと思います。皆さんは2才の子供を預けるのに万が一のことを考えて小児科医を雇いますか?それとも健康なこどもを扱い慣れているベビーシッターを選びますか?2才の子供がわめいて、だだをこねたらおそらく小児科医は医療の専門ですから鎮静剤を注射して眠らせるでしょう。これと同じだと思うんです。お産は病気じゃありません。医者は病人を癒す人です。きちんと専門の使い分けができるといいですね。助産婦は健康な妊婦のお産の専門家です。

 

2000.7.7.

皆さん、お元気ですか。今日、私は某雑誌社の記者として海外で日本人子弟の教育にかかわっている現地の先生方とお話しをする事ができました。とにかく英語をほぼ母国語とする私にとって英語が話せる事はなによりもうれしい。そして彼女達と教育という同じ教育者の位置に立って交流がもてた事がたいへんうれしかったです。

彼らが日本の教育についてどのように見ていたかを少しお伝えしましょう。

教育においては次のような違いを指摘したり、驚いていた。

アメリカはクラスの中で生徒同士の意見交換、討論、質問などがさかんに行われるが、日本はどちらかというと先生の一方的な授業を聞いて、テストの評価にしても暗記を始め、知識を詰め込む教育に写る。それによって子ども達は自分自身のユニークな考えを述べる機会をつぶされている。

日本の図画工作、体育、音楽の授業は高く評価する。

アメリカではクラブに入っても1週間ですら続かない子どももいることに対して、日本の中学校では子ども達が同じ部活動に中学の3年間所属する心構えを持つことは驚きである。学校の生徒らはみんな日本人であることへの驚きも隠せなかったようである。アメリカの都市部から来た先生方はあまりにも多くの民族が常に混ざっている状態に目がならされているためであろう。

先生らは生徒を信頼している。子ども達が休み時間校庭で遊ぶなり、掃除をするにしても、先生の監視の行き届かない場にも出ていっている。アメリカでは何か事故が起きた場合、先生方の監督不行き届きとして訴えられてしまうため、子ども達の行く所すべてに先生方の目があるといっても過言でないという。

日本の子ども達は学校への誇りを持っている。それに対してアメリカでは個人の評価に重点を置き、その子が優秀であれば本人の自信へと導いている。

日本の先生方は報酬においても満足しているように見受けられたという。それに対してアメリカでは教師は仕事量に対してあまり経済面で評価されていない。

改革が提案されれば、アメリカではまず教師らの教育が行われ、彼らが研究を重ね、実験的にクラスで試し、それをまた評価し、納得しなければ決して現実化されない。それに対して日本は文部省の一声で決められた日から実施に移すことには驚いた。

動向としては、今の日本の教育改革は20年前のアメリカのそれに似ているという。今、アメリカではどちらかというと現状を日本のように戻そうとしていることに対して、日本はアメリカのようになろうとしている。そして彼らが失敗したことから学び、それを改革に生かしてほしいとの願いも伝えられた。

 

2000.7.11.

皆さん、こんにちは。今日はアメリカの友達が「母親のイメージ」というタイトルのストーリーを送ってくれました。それについて今日はちょっと皆さんとシェアしましょう。

4才のとき、ママってなんでもできるんだなと思った。

8才のとき、お母さんってなんでも知っててすごいなと思った。

12才のとき、あの人の存在がなんとなくうざくなってきた。

16才のとき、あのおばさん、なんにもわかってないんだからと思った。

18才のとき、もう親は考えが古い、私の気持ちなんてわかっちゃいないと思った。

25才のとき、まあ、少し人生の先輩だけあるかなと思った。

35才のとき、何か大きな決断をするときは、母の意見も聞こうと思った。

45才のとき、お母さんだったらどう思っただろうと考えた。

65才のとき、ああ、お母さんとこのことを話せたらなと思った。

私達は母親になると、一生母親でいるのですよね。こればかりは抜け出せない。一度母親、一生母親。けれども子どもの私達に対するイメージって変わるんですよね。そして私達も母親に対して変わっていった。

今、私にとって母親はよき子育てアドバイサーです。彼女の言ったことはたいてい当ってました。だからいつまでも元気でいてほしいと思ってるんです。生きているうちに、伝えておこう!

さて、13日より20日までCare the World はお休みします。冊子の注文に対するお返事は後日となります。今回は韓国へ出産、子育て事情を視察に行って参ります。もし韓国にいらっしゃる方がいらしたらご連絡ください。お話聞かせてください。それではいってきま〜〜〜す。びゅ〜〜〜ん! (^^)

 

2000.7.21.

皆さん、お待たせいたしました。えっ、はじめて訪れたので待ってなかった?そうでした。すみません。いや、実はここ1週間韓国へ現地の生活、医療、教育について視察に行って参りました。そのため、ご無沙汰していました。はい。帰ってきたらなんと70通のメールが私を歓迎してくれました。うれしい〜〜〜〜。ありがとう。けれども何日かかるでしょう。全部読み終わるのに。。。。お返事をお待ちの方、どうぞもう少しお待ちください。

さて、韓国ではたくさんのベビーを見てきました。600グラムの赤ちゃんから三角頭の赤ちゃんまで(吸引分娩で産まれた赤ちゃん)。どうも産めよ、増やせよの印象を受けました。この報告においては体験談に載せませすね。もう少しお時間ください。

2000.7.28.

皆さん、こんにちは。今日も生きてるって実感を感じてますか?子ども達は夏休みに入り、いつもの生活ペースが変わり、おそらく皆さんもてんやわんやの日々でしょうか。我が家では何かひとつスペシャルなことを行っています。きょうはプランターの土変えをしました。最初はぬれてて、汚くて土をいじるのを嫌がっていた娘でしたが、触り始めたらその感触が自然を呼び起こしたのでしょうか、こども本来の土いじり大好きに変わり、最後は裸足で土を踏む姿まで。  きのうはいっしょにケーキを作りました。なんてことない日常的なことですが、要はふたりの時間を作ることなんです。 夏休み、私はあまりお金もなければ時間もないので、いろいろな所へ連れて行く事はできません。 そのためちょっとした日常の中でこんな二人の時間を探してます。皆さんはお子さんと夏休みどのようにお過ごしですか?

今日のひとことは、

だれかに無視されている、いじめられている、仲間はずれにされている、ばかにされている。けれどももしかしたら、そういう状態以上にひどいことになり得るかも。それはそういうことをやる側に立つ事かもしれない。

2000.8.1.

もし時間があったら、もっともっと時間があったらと思う毎日です。しかし生きる上にあたって最低限自分にとって必要な時間を選び、とっていく。忙しければ忙しいほどその時間の選択は高度なもの、複雑なものを要求されていると思います。こどもが大きくなったから少しでも時間的余裕ができるかなんてうそですね。時間は同じ、そこに何を入れていくかです。毎日が真っ白なページです。そこにいろいろな色をぬっていく。私の毎日はいつも楽しい色、悲しい色、驚きの色、と人間らしい生き方の色に染まっていってほしいと願っています。

私の英語のホームページでは日本での妊娠、出産についてのコーナーがあります。その小冊子を読んでくださったLucia Tangi さんが自分自身の日本での妊娠、出産について記事を書きました。そこに私のかいたことに対するコメントを入れてくれました。もしよかったら、ご覧ください。 In English から birth in Japan をご覧ください。下の方にあります。海外出産体験談の韓国とオランダの出産に新しく写真が加わりましたのでご覧ください。 

2000.8.11.

まだ暑い日々が続いていますね。お盆も始めり、皆さんそれぞれの夏休みを満喫している所でしょうか。私もご多分にもれず多くの皆さんと同じ時期に夏休みを取ります。ということで11日より1週間ほどCare the World をお休みします。けれどもメールはどんどんください。お返事は後日となりますが。長期の休暇と言いますとアメリカでは防犯対策としてあえて窓のシェードをあけておいて、夜になると自動的に家の中のライトがつくようにしてありますね。日本ではでかけるときはしっかりと雨戸をしますよね。あれっていかにも、「留守してます。どうぞどろぼうさんお入りください。」と言っている様で落ちつきませんね。まあ、私が落ちつかないでどうするんねんというところですが。

2000.8.18.

お盆も終わり、そろそろ皆さんいつものペースに戻られた頃でしょうか。けさはフランスの女性とのヒアリングを報告書としてまとめていました。その中で彼女たちは盛んにフランスの個人主義について語っていました。たとえば育児サークルなどありますかという質問に対して、「フランス人は個人主義なので、育児サークルなどは必要ないのです。好きな時間に好きな友達とこどもを遊ばせているだけです。」なるほど。さらに専業主婦は子育て中ストレスを感じますかという質問に対しては、「フランスの専業主婦は自分でその道を選択しているのですから、落ち込むことも、仕事をしていないことにおいても劣等感を感じることはありません。」と言い通したのです。なるほど。つまり何をしていようが自分が選んだ事には自信を持っていると言うことです。

考えさせられる事がありました。日本の教育は常に他者との中に自分が置かれている環境をみつめた上での教育です。そのため、相手がどう思うかをまず取り入れ、それからものごとを決めるのです。しかし個人主義の国では自分がどう思うかをまず考え、それで選択するのです。だから周りからの弾圧がないから実に行動そのものが堂々としているように思えました。

2000.8.24.

日本における少子化問題。今日もまた帰国ママ達の間で討論されました。愛されていない妻たち、仕事ばかりに熱中する夫たち、こどもの問題以前に夫婦の問題があがり、今のお母さんたちの人間関係の希薄さ、母親同士の人間関係づくりが下手な事、しいては小さい頃にもまれて育っていないから人との関わりが面倒になっている、ゆえにそれがこどもたちに影響。原因はひとつでないし、問題、原因は無数に挙がる。けれども責任転換、責任のなすりあいではどこへいくの?

要は気がついた段階でまずはひとりひとりが何をして行くべきなのかを考え、実行するべき事ではないでしょうか。一人の力ではなにもできない?そうかもしれません。けれども一人が始めなくてはいつまでたってもなにも始まりません。最初の一歩を切るのは確かにむずかしいでしょう。しかしもしそれが自分のこどもの将来のためにつながるのであれば、今、なにかしなくてはと思うのです。

それでは私はまずなにをしたらいいのか?う〜〜〜ん。やっぱり自分らしく生きることをかな?自分が納得するいきざまをこどもに見せてあげる事かもしれない。模範にはならないだろう。けれども少なくともこれが私が選んだ生きかたなんだという生きかたをしてみたい。

2000.8.28.

今、日本の少子化問題に研究テーマをしぼっている。この中で母親の訴えを書いた本をいくつか読んでいる。ひとつはミュリエル・ジョリヴェの「こども不足に悩む国、ニッポン」、そしてもうひとつは、「こどもを愛せない親からの手紙」。ふたつに共通するものは、多くの訴えがごく日本ではごく一般的、かつ見方を変えれば異常と思われるほどの訴えだと言うことである。「子育ては孤独」、「赤ん坊になじめない」、「こどもが泣くと自分も泣きたくなる」、「誰とでもいいから話したい!」、「母親になるべきではなかった。」、「こどもと二人きりで気が変になりそう」、「赤ちゃん110番が、夫110番になるとき」、「どうしても自分の子どもを愛せない」、「こどもに自由を奪われた」など。きっと皆さんもひとつくらいは心に思ったことではないでしょうか。そしてこれらの本は答えは何も書いていない、具体的な解決策も書かれていない。ただ自分自身で考える材料となっていると思う。それでもその中で衝撃的なひとことがあった。それは

「今、自分が不満である状態をなにひとつ改善せずに文句だけ並べているのは自分の人生に対して幸せになろうという責任を放棄しているだけに過ぎない」

というジョリヴェさんの厳しいお言葉である。私はこのひとことで何を痛烈に感じたかと言うと、日本の女性の「我慢イコール美徳」をやめたほうがいいと思った。自分の幸せがあって、初めて相手をも幸せにできるという考えである。自分の幸せを犠牲にして、本当にこどもの幸せを望めるだろうか。自分の幸せを追求して何が利己主義というのか!それこそ一番大切な事ではないだろうか。個人主義の西洋的な考えと批難されるかもしれないが、日本の子育ての現状を見たらきっと考え直すのではないだろうか。

2000.9.3.

久しぶりにプレッシャーから解放され、今、もう一人の私の、そう仕事から離れた私のホームページを作っています。そこにはBGMを入れること、そしてチャットと掲示板を入れることとわくわくもりもり。そして持つべきものは友達。そう、友達に支えられてBGMのアップロードも成功。どうですか、アラジンのテーマ曲を選びました。なんとなく音楽が入ると心がなごみますよね。

最近手がけた記事に欧米と日本のしつけについて書きました。そこで繰りかえし私が立証しようとしていることは環境としつけの関連性です。もちろん文化とも言えますが、もう少しハードの面から迫って見ました。たとえば、日本では添い寝がこれほど一般的になるのは母親とこどもが同じレベルで寝ることができるふとんの生活があるのです。添い寝をベッドの上でしようと思っても、3人となると誰かしらベッドからはみ出てしまいます。そのため、アメリカで生まれた添い寝は日本から見るととても不自然なベビーベッドを親のベッドの隣において、ベビーベッドの柵を片側だけオープンにしたものです。本当にそれで添い寝と言えるンかな?

2000.9.13.

Care the Worldのたのもしい助っ人に会いました。いや、まだ正式にお願いはしていないのですが、きっと協力していただけると思っています。やっと海外の歯科医療について研究をされているT氏と出会いました。T氏は現在御茶ノ水にある医科歯科大学で教えています。とにかく途上国を含めありとあらゆる国の子ども達の歯をみてきている先生です。もし何か海外に住んでいてこどもの歯のことについて心配なことがありましたら、ご連絡ください。

日本の子ども達の虫歯の数はだいぶ減って来ました。これは20年前と比べるとはるかに少なくなりました。今は10才にして平均3本とのことでした。母親のこどもの歯の健康に対する意識が高まったこと、フッ素を歯科医が勧めてきていること、はみがき指導なども自治体がかなり力を入れるようになったことが考えられます。

海外では技術のありそうな信頼できる歯科医がいない、医療保険がカバーしないので歯科に関してはかなり自費として支払わなくてはならない部分が多い、やっぱり日本の歯科医は手先が器用だから、海外では虫歯を抜くにも全身麻酔などの理由で皆さん、海外で歯科医にかかることをためらっています。しかしこどもが痛いと言い出せばそう長くはほっておけません。そのため私も予防に徹底しました。おかげさまで娘は11才にしてわずか一本。息子は矯正を5年間装置をつけていながら0本です。ママに勲章ですよね!!

2000.9.16.

次回の医療通訳の仕事は10月に行なわれる子宮内膜症とダイオキシンの関係についてです。皆さんは子宮内膜症についてご存知ですか?おそらくことばだけは聞いたことがあると思います。近年になって急激に増え、これは環境ホルモンによる内分泌の錯乱から起きているのではないかという研究が進んでいます。このように資料を読んでいる真っ最中に私の婦人科検診がありました。

青葉台に引っ越してきてこの地域の産科は調べていましたが、婦人科はわかりませんでした。バース青葉の助産婦さんの紹介で仲町台のあるクリニックへ行きました。久しぶりの内診。内診台を目にしてまず、覚悟を。何度やってもこれだけは慣れません。内診台は機械によってグーと上がって行きました。これはすごい!文明の発達!何も説明もなく、ただ機械のおもむくままにどこまで上がるのかと不安は高まる。そしてかなり上がって止まる。次におしりのところのクッションが下におりました。あれ?すごい!感動的!まさにドクターの立場を考えた高さと格好!これなら確実な診断が出きるんだ。けれども患者側の心のケアは?カーテンはいりません。ときっぱり言って、いざ内診。痛い!!そして経膣でエコーをかける。

ドクター「子宮筋腫がありますね。」私「え?」まずは驚き、「3、4センチくらいのが後ろに両脇に2,3センチくらいのがありますね。」私はもうその先ことばがでない。先生はいたって平静。私の頭の中は真っ白。何を質問してもいいのかも思いつかないショック状態。けれどもこれで今までの流産したのかと思うほどの出血量、赤ちゃんの残留物かと思ったほどの血の固まり、月経痛とすべてが裏づけされたのです。

私はこのような婦人病について周りに話すべきか迷いました。しかしcoming out することに決めたんです。それは情報がほしいからです。患者は自分のからだについて自己責任を持ち、どのような病気かをしっかり把握し、周りにも理解をしてもらい、さらに情報を集め、自己管理に励まなくてはいけないと思ったからです。病気は恥ずかしいことでしょうか?場所がどこであろうが、みんな病は避けられません。むしろ同じ病をもったもの同士は励ましあわなくては、病をひとりで背負うのはあまりにもつらいです。子宮内膜症協会も、乳癌の自助グループもそのためにあるのです。病が発覚したらまずは仲間づくりです。一人で悩まずです。自殺が日本にこんなに多いのも結局はみんなひとりで思いつめるからです。もっともっとcoming out が必要な時代に入ったのではないでしょうか。

2000.9.22.

掲示板を立ち上げてみました。Care the World へのご意見、ご感想などお待ちしております。9月の海外出産体験談はパナマでのお産です。是非寄ってみて下さい。停電はしょっちゅう、水は緑っぽい、そんな中でも赤ちゃんを生んだたくましい体験談です。海外の母親は強いという印象を彼女から受けました。

9月21日木曜日掲載の女性セブンにヨーロッパでのお産について電話取材を受けました。鈴木ほなみさんの記事です。美容院にいらっしゃる方、駅の売店でご覧ください。25日6:30am FMラジオ局:J-WAVEで、John Kabira のTokio Oneという番組に生出演しました。John川平さんと話せて何よりも感激でした。私は開局以来のJ-WAVEのファンであり、特にJohn川平さんの知識の幅の広いトークに魅了されていたので、思い出すとまだ心臓がどきどきです。

2000.10.1.

日曜のショッピングモールは家族連れでいっぱいです。娘が買い物をしている間、家族ウォッチングをしたいた私。なんていろいろな家族がいるんだろうと思いました。親子で顔が似てるなとウォッチングもおもしろいけれども、家族の形態って本当にたくさんあるんだなということも感じました。え、これが夫婦?え、これが親子?けれどもそれでも家族なんですよね。家族の定義なんてしょせん宣言したらもう家族だと思うんです。だからたとえいっしょに住んでなくても家族なんだと宣言したら家族なんですよね。

私はこどもが小さい内の夫の海外への単身赴任、家族離散に対して、決してポジティブではないと信じていました。けれどもそれが一番の選択として選んだ人達はそれなりに考えたのだろうと思うと第三者は何もいえないのではないかと思うのです。偏見をなくそうといつも努力している私の中でこれだけはと信じていたものですらもくずれていくこの世の中の多様性に驚くばかりです。

2000.10.5.

母親になることに何も資格が必要でないことを皆さん、考えたことがありますか?つまりだれだって、そうだれにだって母親になれる機会がそこにあるということです。ある意味でそれは私達が自ら選んだ選択肢でもあったわけです。けれども私なんて母親になる資格がないわと落ち込むことの多いこと。けれどももともと資格など必要の無いのが母親なんです。だからなにがそう言わせるのでしょうか?産まれてすぐなんて、すぐ母性本能が働いて、母親としての意識が高まるなんて、あんなのうそですよね。私なんてあのぐにゃぐにゃした動物を手にしてかわいいという気持ちすらありませんでした。私の本能をよぎったのは使命感でした。産んでしまったからにはきちんと育てなくちゃと、まず向かったのが育児書。どうしたらいいのか?すべてそれがマニュアルだと思いました。

やっと母親としての余裕ができてきた頃にはじめて、ああ、自分は母親になっているなと感じたものです。その余裕というものもなんとかなり何年も経ってからのことですよ。母親はこどもが産まれたから母親になるのでなく、こどもの成長と共に母親という意識も成長するのだと私は信じています。つまりこどもがいろいろと問題を起こして、苦労を作ってくれて、私達を母親にしてくれるのであって、ただこどもが存在したからって母親になるわけではないと私は思います。

それにしても母親の愛。これは本当に深いものだということをこどもが教えてくれました。柔道で金をとった井上の母親への思いがなによりも語っていたように思えました。切っても切り離せない存在が親子。たとえこどもを捨てても、こどもは母親を捜し求めます。また母親も捨てた子どもを一生忘れません。この母子の絆を経験できるのは人生において貴重というべきなのかもしれませんね。そしてこのすてきな体験を資格なしでほとんどの女性に機会を与えられているのです。

2000.10.12.

10月6日の朝日新聞、朝刊、「くらし」のページで今、私が取り組んでいます少子化についてコメントが載りました。

よくある質問コーナーに割礼(新生児の男の子の包皮をメスでとりのぞく手術です。)をするかしないかという質問をされた時に男を産んだ親が考えなくてはいけないことということをかかげました。よかったら割礼手術に対する私の意見を読んで下さい。さて、そのことと関連して今日、知ったことをお伝えします。とても複雑なのですが、私達のからだは何かが狂うと傷を治す力を失ってしまいます。よい例がけがをしたときに皮膚が治らないという現象です。多くの人は皮膚の移植手術を行なって来ました。しかし近年では人工皮膚というものができあがり、これを移植しています。そして驚いたことに、その人工皮膚というのは新生児の男の子の割礼手術で取り除いた包皮をもとに作られているのです。つまりこの新しい皮膚は再生力がものすごくあり、みるみる内に細胞分裂を起こして大きくなるのです。

だから切り除いた包皮が人類のために役立っているから割礼を勧めるのではありません。誤解のないように。私はここで何を指摘したいかというと、私達が病院に入って、いろいろなからだの部分をそぎ落とされますが、それらを私達の知らないところで、悪く言えば、まったく私達の許可を得ずしてこのような人類のために役に立っている、いや、悪く言えば誰かが私達の臓器、ないしはからだのある部分で設けを施しているということです。

皆さん、からだから排出された胎盤はいったいどこに行ったか知ってますか?またはその胎盤が何に利用されているか知っていますか?調べてみましょう。

2000.10.13.

今日まで私はいろいろなところで疑問を持ち、多くのことに戦ってきました。負けてはいけない、挑戦者でなくてはいけないという思いからでした。そして多くの場合、自分で声を上げることもできない人の変わりにそれをしていこうと信念を持ち、生きてきました。女性、こども、赤ちゃん、教養を得る機会のなかった人、人生の不運をたどってしまった人、からだが健常者とは違う人、つまり社会の弱者、底辺にいるといわれている人。しかし私は自分が何かをしているということよりもむしろ彼らと接しながらもっと多くのことを学んでいたと言うことに気が付きました。

特に子ども達です。私達は大人になるということはある意味で成長することかもしれません。しかし私達が子どものときに持っていたようなやさしさ、観察力の鋭さ、心の柔軟さ、偏見のなさ、そういったものは大人になるうちにどんどん退化していったのです。こどもたちの「つぶやき」これを読むと本当に心が和みます。

「夜、外でこおろぎが泣いているのを聞いて、「ママの目覚し時計、おんもにおっこちゃったの?」(安達 匠くん)

ネットに入ったくりを見て、「閉じ込められてるの?悪いことしたから?」(松浦圭祐くん)

おふろに入っている祖母の胸のあたりを見て、「おばあちゃんも昔、女の子ヤッタん?」(後藤 遼太くん)

大人になって忘れてはいけないことはやはりこどものような心を持ちつづけることではないでしょうか。それを耐えず私達に思い起こさせてくれる存在が子ども達だと思います。その心が大切だからこそ子ども達は私達の一番身近な存在でなくてはならないのだと思います。大人の世界で心が傷ついたとき、その心を癒してくれるのは子ども達なのかもしれませんね。

2000.10.19.

秋と春、私の大好きな季節です。今日もなんてさわやかな日なのでしょう.こんな日はつい外に出たくなってしまい、家の裏の草を取ったり、落ち葉を拾ったり、ごみを捨てたり、なんとなく自然に触れていることで気持ちが落ち着くものです。実は子ども達も一番自然な存在なんですよね。まだまだ毒されてなくて、魂が自然。

パラリンピックが始まりました.皆さんも彼らのことばを通して感じる事が多いと思います。私は彼らをチャレンジャー、ファイターというように称しています。みんな挫折を1度は味わってきた人だと思うのです。川の流れとは逆に生きてきた強い強い人達だと思うのです。人は運命と言います。だれがあの場でキタキツネが急に飛び出し、それがきっかけで大事故にあい、自分の半生が変わると想像できたでしょうか。

やはり自分の力ではどうにもならないことってたくさんある。こんな子どもが生まれるなんて、予想してなかった。ちゃんとしつければと思ってたのに、この子は自分の道を歩いていく。海外赴任なんてこの人と結婚する前は考えすらよぎらなかった。異国の地でこのような人達との出会いがあるなんて想像もつかなかった。ましてや自分の人生が海外に行ったことでこんなに変わるとは思いも寄らなかった。人生なんてどうころぶかわからないものです。だからこそありのままをその場その場で受け入れて行く姿勢というものが問われるのではないでしょうか.自分で変えようと思っても変えられないことがいっぱいあること。それを知ることが成長の第一歩だと思うことがあります。

 

2000.10.30.

不透明な入院費という記事を読んで、私自身も日本の合計額のみのレシートでの請求に腹を立てていました.さっそく新聞社にもメールを送った次第ですが、こわくてとても名前を明記することはできませんでした.私は基本的に小心者なんです。医者に遠慮し、ノーという勇気もなく、不当なことでも文句という形を取らず、丁重に言いまわして波風たたないようないい方をしてしまいます。そんな自分にあとになって腹立たしく感じるのですが、性格なのでしょうか?それとももう戦うことに疲れて、それなら自分の意思が通るように上手に世渡りをしたかと大人になったというべきでしょうか?受付でレシートを差し出された。ぽ〜〜〜んと、「はい、6000円です。」ちょっと待った!だれがいったい何のためのものかも分からずに払うか!そこらのコンビ二行ったってちゃんとレシートがでます。そのレシートにはチョコレート130円、パン230円、牛乳258円ってちゃんと明細がかかれている。それなのに一万円近い金額を請求されてなにに払っているのかも分からずにぽんと払う患者がいるか!(おそらくほとんどの日本人はそのような患者でしょう。)「何かに必要なんですか?」「あなた、病院以外の所でお金払ったことないの?」と言いたかった。まあ、ここは波風立てずに大人らしく、「いや、ちょっと自分の知識としてだいたいの内訳を知りたいと思いました。教えていただけますか?」と丁重に接した。

そうしたらなんと初診料810円、レントゲン900円、湿布80円、処方箋220円、検査の委託料500円、血液と尿検査代2020円と来た。え?私はわずか30%しか払っていないのだから実際には18000円もかかったということ!冗談じゃない!私は診断だけでよかったのに。それなのにノーと言えない私。海外では明細書がありますか?是非みなさんのお国事情を伝えてください。掲示板にどうぞ.

2000.11.2.

11月2日はすごい雨。私は駅に向かっていた。駅に通じる青葉台の道は両脇とも違法駐車で車が埋め尽されていた。私はどうしても理解できない。なぜ止めて行けない所に止めるのだろうか。確かに日本中道路と言う道路は駐車禁止であろう。しかしそこに止めては行けない理由があるから駐車禁止となっているのだ。そこを通るのは狭くて至難の技である。少しでも注意力が欠ければ注意散漫で人を引いてしまうか、あるいは脇の車にこすってしまう。そのような状態なのだ。私もそこだけは絶対にスピードを上げられないので慎重に走る。しかしこの違法駐車毎度なのである。あけてもくれても違法駐車はなくならない。頭に来る。チョー頭に来る。どうして、みんなで決めた社会ルールを守れないのか!!マナーのないやつは運転する資格はない!誰かが怪我をするかもしれないと言うことを知っていながら平気で自分のことしか考えずにそこに車を止める人間を私は許せない!!

そしてその日、バスが横断歩道を渡ろうとした男性を引いてしまった。その人の額からは血がどくどくと流れていた。違法駐車をしている人達、その男性があなたのご主人になるかもしれません。あなたの息子になるかもしれません。そう思ったらもう違法駐車をやめてくれませんか!自分だけよくて他の人の命が亡くなることに罪を感じませんか!もうやめて!

まじめ、くそまじめと言われてもいい、まじめは格好悪い?いい子ぶって!?何を言われてもいい。それでも私は他人に迷惑をかけることは絶対にしたくない。そのことを子供達にも伝えていきたい。

 

2000.11.10.

こどもが本を読まなくなったと言われてもうだいぶたっていると思います。私の予想ではやはりテレビの存在が大きいと思います。つまり私自身もテレビという誘惑に常にかられて育ちました。周りには本を全然読まない友達もたくさんいました。今とたいして変わりません。本を読むことよりももっと楽しいことがいっぱいあるからです。ならどうして本を読むようにというのでしょうか?私はやはりテレビにはないスピードだと思います。テレビは考える時間をくれません。次から次へと情報が流れ、画像が流れます。考えられるのは番組が終わってスイッチを消してからです。けれどももうその時点では次の情報が入ってますから次のことを考えていたりします。

それに対して本は自分で時間を作り、考えたいときに止まることができます。お母さんが本を読んでいたら、こどもはお母さんに質問したり、話しかけたり、感じたことを伝えたり、感動を表したりできます。本とテレビは比較にならないほど根本的に違う性質ものものだと思います。

11才の娘がやっと本を読むようになりました。自分から進んで本が面白いという発見をしたのです。親が本好きでしょっちゅう本を読んでいる姿を見せればいいと言いますが、そうでもないようです。やはり自分から本のおもしろさを発見しないと本を読むことは定着しないと思います。皆さんはこどもに本を読む機会を与えていますか。環境を与えていますか。口先だけでなく、小さい時からいっしょに本を読むことからがスタートだと思います。

 

2000.11.11.

医学の進歩と共に私達は多くの倫理的チャレンジを与えられてきました。羊水検査も、超音波検査もそうです。生まれる前にこどもの状態がわかる。「ダウン症です。」「血友病です。」「指が親指しかありません。」「男の子です。」「女の子です。」私達はこれらの報告をどのように受けとめるべきなのでしょうか。

私は命とはおなかに宿ったときからだと思います。誕生してからではないと思います。そしてどのこどもも生まれる権利があると思います。ましてや生きる意味ももって生まれてくるのです。そしてどのこどもも愛されるべきなのです。障害があったら生きる価値もないのでしょうか?障害があったら社会のお荷物になるのでしょうか?障害のあるこどもを産みたくないというのであれば、親になんかなれないと思います。五体満足の私達ですら見えない障害をいくつも持っているではないですか。いつ事故にあって障害を持つかもわかりません。それでも生きています。見える障害も見えない障害もみんな同じように与えられてるのです。だから社会がみんな生かさなくてはいけないのです。

障害が障害になるのは人々の視線なのです。人々の偏見なのです。障害それ自体はそんなにたいしたことではないのです。耳が聞こえなくても、そう伝えられるまで私はメル友の障害に気づきませんでした。目が見えなくても、その友達が柱にぶつかるまで私は彼の障害を忘れていたほどでした。私は車椅子のバスケの選手に恋をしたこともありました。12才で寝返りができて、彼女だけのことばで意思を伝えるMちゃんは私に誰も教えてくれなかったことを教えてくれています。遺伝的要因で起きる障害もありますが、遺伝でないもの、原因不明のものの方が多いといいます。母親は自分を責めていけないのです。むしろあなたに育てることができるから神様はあなたにその赤ちゃんを特別に宿したのだと思います。そして周りの人はその赤ちゃんと家族を排除するのでなく、是非応援してほしいと思います。本当に実際の手を差し伸べてほしいと思います。

 

2000.11.12.

最近、取材を受けることが多くなり、おかげさまで世界の子育てを日本と比較するチャンスが増えています。このチャンスを無駄にしてはいけないと一大決心をしてエクセルでものすごい子育て国別比較を作ってしまいました。これは私のいままで頭のコンピューターに入っていたすべてのデータを整理したような膨大なものになりました。しかも10年以上の蓄積ですから本当の意味で私の宝となりそうです。

その中で気がついたことがありました。それは欧米の子育て、日本の子育て比較で、いかに日本はこどもの視点にたってものごとが転回しているか、それに対して欧米ではいかに大人の視点でいろいろなことが決まっているかということでした。これはものすごく大きな違いです。欧米ではいかに親が楽なようにとおむつ替えの台があったり、ベビーシッターシステムも夫婦でデートを楽しめるために発達したという傾向もあります。

さらに住環境や気候の違いも育児の違いに大きく反映しています。一番代表的な例は添い寝です。日本で添い寝が可能なのは畳の生活があり、ふとんの生活をしているからです。アメリカのクイーンサイズベッドに赤ちゃんを乗せようもの、絶対に窒息死です。(ちょっと大げさm(_ _)m)また女性の労働も育児を変えました。途上国では働きながら仕事をしなくてはならないので赤ちゃんをおんぶするようになりました。また仕事にすぐ戻らなくてはいけない上流階級の中国人などは母乳育児を選ばない為、入院中に母乳の分泌を押さえる薬を注射してもらうほどです。母乳育児をしやすい環境とは母親が働いていない場合となります。まあ、このように一概に比較といってもその背後にある社会的環境などがいかに左右しているかということを発見していました。

 

2000.11.18.

もうすぐ今年も終わり、もうすぐ21世紀が始まる。私なんかだんだん年代ものになってきました。私が生まれたときはまだ白黒テレビしかありませんでした。携帯も無かったし。インターネットもなかった。このIT時代に生きていることができてそれをフルに生かせている自分は本当に幸せだと思います。

世の中、次世代にはあまり希望がないといいますが、私はそうは思いません。すばらしい未来が待ちうけていると思います。それを私は子ども達と一緒におおいに楽しもうと思っています。もうすっかり20年くらい若くなったつもりでいます。

お子さんのなぜ?なに?にどう答えていますか?先日、こどもがいるお母さんってなんて想像力豊かなんだろうと思い、その答えを引用させてもらいます。(TINY 1月号より)

こども 「なんで、おまたから血が出てるの?痛くないの?」 (生理のときにやむをえず、いっしょにシャワーをこどもと浴びていたとき)

ママ 「ママのおなかには赤ちゃんが入るお部屋があって、赤ちゃんがいないときは、ときどきお部屋のおそうじをするの。そのときに血が出るんだよ。病気じゃないから痛くないよ。」

2000.11.30.

やっと助成金の申請書ができあがった。これを書くのにほぼ一ヶ月を費やしてしまった。しかしこのサイトの存続の為にもなんとか資金を調達しないと、という使命でおもいっきって助成金を申請するに至った。はたして通るかどうかは定かでないが、少しでも可能性を求めるべきと思った。そこでこの団体に必要なのはサポーターの存在です。「はい、サポートメンバーになりたいです。」という方をこれからつのりますので、よろしくお願いします。これから準備にかかりますが、とにかく皆さんの存在が必要となりました。

それにしてもアメリカでは企業が何千ドルという寄付金をボランティア団体にぼんと寄付するのです。これはもちろん公表され、それがその会社の評価につながります。当然寄付金ですから税金などは控除されるとのことです。先日、通訳をしたアメリカの子宮内膜症協会でもものすごい額の寄付金によってりっぱなオフィス、必要機器、必要文具なにもかも揃っているのには驚きました。日本のボランティア団体はとても貧弱です。安いアパートの一部屋を借りるのが精一杯です。けれどもどの団体もものすごいパワーです。お金はなくても実績はすばらしい。もっともっと企業側でサポートしてくれたらと本当に思います。

 

2000.12.12.

たいてい私は今日のひとことは朝一番に、いや、新聞を読んだあとに Healing music をバックに書きます。そして読んだ題材から感じたことを書いています。今日はバイオリニストの川畠 成道さんのことばを引用したいとおもいます。彼は耳で、からだで、心で音楽をとらえた人物です。「演奏には自分のすべてが表れる。」と書いています。彼は薬の副作用が原因で8才のときに視力を失いました。しかし、彼のことば、「だが、目の見えないことは、アイデンティティーのひとつにすぎない。ぼくにとっては背が高いか低いかの違いと同じ。背が低ければ高いところは届かない。その程度です。そんなことより吸収したい事がいっぱいある。未知の自分を探す旅は、序曲が始まったばかりだ。」といっています。いつも思うことは、壁に一度ぶつかった人達は強いという印象です。ましてやその壁が大きくはだかっていればはだかっているほど、それを乗り越える力を私達はつけていきます。その壁はたいてい誰の人生にも必ずや立ちはだかります。それがいつ表れるか、どのように表れるかの問題です。それを若いうちにむしろ受けた方がその後の人生にとってよいものとなるのではないでしょうか。

皆さんは今、海外で子育てをしていることでしょう。そのことが日本での子育てと比べて大変、あるいはこども自身が大変な思いをしているかもしれません。しかしどうしようもなく、受けとめなくてはならない壁に対して私達ができることはただ見守り、励ます事しかありません。当の本人は今、これからもっと大きな壁を乗り越える力を蓄えているのだからです。その筋トレの邪魔をしてはいけないのです。大海原に放り投げて、自力で泳がせなくてはいけません。そして私達はいざとなったらライフジャケットを放り投げられるように準備をして見守ることしか許されないのです。

人間の可能性は無限です。あるものが欠けていれば、必ずそれを補う力を与えられます。あるいは自分自身でそれを捜し求めて行きます。何が無い、みんなとここが違う、と後向きにないものねだりをしてもそれはただ後向きな生き方でしかありません。しかしないからこそ、今、あるものにより磨きをかけていこう。あるいは他の人のもてないもので自分しか求められないものを見出し、それを伸ばして行こう。私はそんな生き方をしていこうと思っています。そしてその姿を子ども達が見て育ってくれたらと思っています。

 

2000.12.15.

今、「お父さんの面積」という本を読んでいる。ずいぶん前に読もうと思っていて私の手帳の読みたいBooksのリストにほこりをかぶっていた。やっと読み始め、父親の子育てへの参加について今、考えている。おそらく皆さんは海外でその国でのお父さんの子育てへの参加ぶりを目の当たりにしていると思う。そして日本人パパも海外ではけっこう刺激を受けているのではないだろうか。

あるお父さんがこんなことを言っていた。男の子とのつきあいは「つ」がつくまで。つまり1つから9つまでっていうことです。それ以上になると、親から離れて行ってしまう。といっています。確かにその時期までは一番手がかかり、一番かわいいと私はおもう。けれども私の線はこの家を出て行くまで。私は18才という線を引いている。それまではしっかり子ども達とつきあっていくつもりである。息子は15歳になった。けれども世間でいう親子の会話がなくなったということはなく、うちではいままで以上に大人同士の話し合いが増えてきたように思う。彼をこどもとしてでなく、大人として扱い始めた部分もあると思う。おそらくいつまでもこども扱いをしているとこどもは親とのコミュニケーションを断つのだと思った。

 

2000.12.18.

どんな親でもこどもが生まれるといいお母さんになろうとかよき父親になろうって思うと思う。けれども現実的には良妻賢母なんてしょせん理想像。ましてやこどもにこう育ってほしいなんて期待してもこどもはこどもで自分を持っていてそう簡単に親の望むようには育ってくれないもの。だからそんな期待を持つよりも自立した人間に生きていくための基本的な基盤だけをしっかり伝えていけばいいんじゃないかと思った。私はこどもにどのような教育方針をもったかなんてかしこまって考えたことはないけれども、自分の生き方に対して自信をもってここまできた。その後姿をまのあたりにさせることそれから何よりも自分が今、考えていることを独り言のようにいつも話してきた。それは大人に話すような口調のときもあったかもしれない。けど子ども達はそれを聞いてきっと自分の生きる指針のように自分の中に育んで行けばいいと思ってる。

私のきょうのひとりごとは友達の死に直面して出たことばだった。特に息子に話していた。 「心をわって話せる友がひとりでもいること。これは大切だよ。男は強くあるべきと世間では育てるけれども、男だって自分の気持ちを素直に出していいんだよ。ちゃんとそれを受けとめてくれる人をもつことだね。実際、女よりも男の方が実際には弱い。だから経済面で男に女が頼っても、男は精神面で女に頼っていいのさ。」

「絶対に死んじゃだめ。生きていかなくてはいけない!生きていたらやり直しは効く。けれども死んだらもう終わりだよ。生きてさえいれば必ずいいことがやってくる。」私は自分の精一杯をもって友を支えたつもりだった。それでも彼は死を選んでしまった。がんばれとは決して言わなかったつもりだ。もう彼自身精一杯であることを私は知っていたからだ。心の病はからだの病以上にこわい。

2000.12.21.

冬の季節になりますとこどもは抵抗力が無いためとかく病気になりがちです。小さいときは本当によく子ども達は病気をしました。特に息子は毎月のようにドクターへ通っていました。息子のおかげと亜熱帯地方で暮した為、ほとんどのこどもの病気はかかったといっても過言ではありません。(こんなことは自慢じゃないかな?!)

一番恐かったのはけいれん、発熱による意識不明状態、嘔吐です。この嘔吐だけは何度経験しても落ちついてみていられません。こどもは解剖学的にも吐きやすいそうです。そういわれてみると私も吐きやすい体質でした。不思議と吐いた記憶は消えません。

氏田ドクターの嘔吐のときのアドバイスとしては、とにかく何をあげても吐いてしまうというときはスプーンひとさじからといいます。もちろんおなかをからにすることが大切ですが、それではこどもは枯れてしまいます。そのためなんとか水分だけでもとるようにして脱水症状を避けなくてはいけません。そのためのスプーンひとさじです。まずひとさじ飲めたら5分後に吐かないのを確かめて次の1さじ。水分はできればイオン飲料がよいとのこと。英語ではORS (oral rehydration solution ) 。これはだいたい世界どこでも売られるようになりました。なかったら日本から粉末のものを買っていかれるといいでしょう。うちでは今でも常備されています。発熱の水分補給にも役立ちます。もしイオン飲料がない場合は、ひとつまみのお塩を加えた薄い砂糖水でもよいとのことです。スプーンで半日ためし、そして嘔吐がないようなら、おちょこ1杯で続けるとのこと。娘も以前脱水状態になり、点滴にお世話になりました。病気の子どもを持った親の気持ち。本当に変わってあげたいというのが正直な気持ちですね。娘は今の所皆勤賞です。今日も半袖のTシャツで筋肉を見せています。元気が何より。感謝です。

2000.12.29.

とうとう我が家の子ども達も冬休みに入りました。朝、寝坊ができるのが何よりです。子ども達と温かいランチを共にできることも何よりです。そしてすぐそばにいて彼らの感じていることを目の当たりにし、それを共有できることもすばらしい。朝、今日の課題を与え、それをひとつひとつこなしていく一生懸命な姿もかわいいです。けれども彼らはたくさんの失敗をし、たくさんの初めて経験を通して生きることを学んでいます。

失敗する経験をさせること。これは親にとってつらくてみていられないけれども実際にはそれが一番の教訓ということが多々あります。私達から見たら小さな失敗でも子ども達にとっては大きな失敗でしょう。しかしどのような失敗であろうが、その失敗から学ぶことができるということを常日頃伝えていかなくてはいけないと思います。

大人になって私達は取り返しのつかない大きな失敗をすることがあります。事業に失敗する、一生かかっても返せきれない借金を抱えてしまった、交通事故で人をひいてしまった、彼女を妊娠させてしまった、精神の不安定さから我が子を殺してしまった。そんな絶望的な本当に取り返しのつかないような失敗に出くわすかもしれません。けれどももし子ども達に失敗をしても、生きていればなんとかなるのだということを繰り返し伝え、さらにその失敗は将来の成功に少しでもつながっていることを信じさせることができたら彼らは失敗に対して肯定的になれるでしょう。基本的には生きていればなんとでもなるのです。 ▲ トップ

 

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