EMG Pregnancy Center
お店が立ち並ぶ建物の二階にセンターは位置する
Report by ノーラ・コーリ
ブロンクスの南、ちょうどニューヨークヤンキースタジアム(野球場)の近くは、決して治安がよいところとはいえない。肌の濃い人やらヒスパニックの貧しい階層の人たちが住む公団アパートが並び、倉庫が川沿いに立ち並ぶ、そんな環境である。そこからちょっとはいった人がにぎわう149番街の商店街の一角に望まない妊娠をした女性のための家、EMGPregnancy Center があった。そこは2階建てのビルの2階で、薄暗い階段を上がったところにあった。
センターでのサービス
看板には、abortion alternative と書かれている。つまり、ここは中絶にストップをかける、プロライフ、つまり授かった命を救おうという運動を行っている人たちによるこれらの望まない妊娠をしてしまった女性のかけこみ寺のようなところだ。一番の仕事は中絶を選ばないように彼女たちを教育することだ。中絶手術をコンピューターグラフィックスを使って鮮明にその危険性を伝えている。一番宣伝効果のあるのは、無料妊娠検査である。そして産もうかどうか迷う女性をカウンセリングする。赤ちゃんが生まれてからは必要最低限のものを集める手伝いをしたり、実際に中絶をしてしまった女性の心のアフターケアまで行う。
さまざまなケース
私が訪れた当日も11時であったにもかかわらず、もうすでに6人の女性が訪問したようだ。いくつかのケースに見た。ある26才の女性はもうすでに中絶を決心しているのだと主張し、中絶手術のビデオも始まってすぐもうみたくないとスタッフにいった。話を聞いてみると、12才を頭にもうすでに3人の男の子がいて、シングルマザーのため、もう4人はとても養えないという。まだ検査をしてないというので、センターでの妊娠検査をしたがやはり陽性だった。またある女性は、住所不定で親戚を転々としているそうだが、今日はどこも行く当てがないのでセンターで過ごしていいかと来た。もうすぐ赤ちゃんが生まれるほどの大きなおなかだった。赤ちゃんが生まれてからも放浪生活を続けるのだろうか?
中絶の実態を知らない
多くのこれらの若い女性はただですら教育を受けていないため、中絶というものがどのようなものか、中絶によるからだへのダメージ、胎児の現在の大きさなどもまったくわからないようだ。そのため、センターでは各週の赤ちゃんが子宮内におさまっている模型を用意して、それを彼女たちの手にとってもたせるという。カウンセラーの人は、たとえば14週だと今、どのような発達を遂げ、何ができてるかを説明する。少しでも赤ちゃんがいる実感を得てほしいからだ。しかしほとんどの女性は命の存在をなにも感じてないだけに、自分の赤ちゃんというコネクションはもてないという。
センターの内装
センターに足を踏み入れ一番驚いたのは内装だった。落ち着いたソファが各部屋にあり、キルティングの壁掛け、オレンジやパープルの壁の色、さらにそこにおかれた調度品は品位のあるリッチな家庭の置物のようだった。ランプのシェードも落ち着いたよい趣味だった。まるで誰かの家に迎えられたような温かい抱擁力を感じるほどだ。電話こそあるが、クリニックのようなメディカルな雰囲気も、コピー機やコンピューターのあるオフィスのような冷たさもない。
スタッフの資格
私を担当したのはリズさん。彼女はスペイン語を話すバイリンガル。ここで働くにはスペイン語は必須である。ニューヨークの貧困層の多くがスペイン語を話すヒスパニックという人種だからだ。カウンセラーと称す彼女らは4ヶ月のトレーニングを受けている。彼女たちのミッションはこれらの女性の母になったり、友達になることだという。大きなセンターかと思いきや、わずかスタッフは2名。あとはボランティアのカウンセラーだ。
寄付というその実態
相談にくる女性は無料でカウンセリングを受けられる。そのため、彼女たちが負担する部分はいっさいない。しかし家賃やら運営にかかる費用は必要だ。それらの経費はさまざまな企業団体からの寄付でまかなわれている。さらに物品寄付も募っている。物品寄付が収められている部屋を見せてもらったが、大きな箱がごろごろとあった。さぞかしたくさんの物品をもらっているのかと思いきや、寄付という名の下でも、家の中のごみを単にそこへ送ったというような人もいると彼女は怒っていた。使い物にならない、着古した赤ちゃんの洋服、かびのはえた哺乳瓶、こわれかけたおもちゃ。これらは捨てざるを得ないという。そのため、物品寄付の多くはゴミ箱行きだとか。さらに寄付ならなんでもいいのかと怒りたくなるほど、まったくこれらの女性のことを考えずに電球やかざりものを送ってくる人もいるという。
帰路にて
私はすべての命が神によって育まれ、この世に生まれるべきして生まれてくると信じている。そのため、中絶には大反対でいた。しかし、どうしても生むことができない事情をかかえた多くの女性の悩みを聞く中、果たして生まれてくる子どもにとってそのような環境で育つことが幸せなのか考え込んでしまった。さらに子どもを愛情を持って育てる家庭に送ったとしても、母親は一生、つらい思いを抱いて人生を歩み、さらにその子どももまた親を探す旅を始める。そのことを思ったときに、いかに100%の避妊が必要かを認識する。その晩、私は15才の娘にくりかえし、子どもを育てられる責任がとれるまではリスクは決してとるなと伝えた。
