こども達よ、ありがとう
ノーラ・コーリ
「赤ちゃんとママ」 3月号に 掲載
こどもを産む、産まない、いつ産む、何人産むかの選択は今や親のコントロール下にあります。私も女に生まれた以上、一度は産んでみたい。毎月の厄介な生理、大きな乳房に絶対意味を見いだしてやるという安易な意気込みで出産に臨みました。
そして出産後は「あ〜、これからはもう自分のしたいことは当分我慢」とこどもから得るものなどはとても見いだせませんでした。まさに私はトイレの水の中でもがくゴキブリでした。周りが「あら、こどもはかわいいじゃない」と言ってもこどもはうるさいし、汚すし、言うことは聞かないし、どこが?と思っていました。「やっぱりこどもがいないと老後が哀れよ」と言われてもそんな何十年も先のことを考えてみんな打算的に産んでんの?と疑問に思いました。
しかし結果的には私ほど公私共にこどもから多くのことを得た人物はいないと言えるほど、こども達は私の人生をより豊かにしてくれました。あのトイレの中のゴキブリが水を流されたことで一瞬先が真っ暗に思えたのになんと大海原へ流され再び自由を得たように。
こどものかかる病気や事故は全て経験した息子、海外で生まれた娘、そして帰国子女の私、これらすべての偶然というべき条件が揃って私は海外出産・育児コンサルタントという仕事と出会ったのです。
海外医療、国際看護、海外出産、母子保健、教育と専門が広がりしかもグローバルな舞台で活躍できるまで私を広い世界へと引っ張ってくれました。人とのネットワークも貴重な宝でした。
また自分自身もこども達といっしょに成長してきました。子育てはこれでもか、これでもかとチャレンジすべき課題を私に投げかけました。病気、手術、差別、登校拒否、いじめとそれぞれのハードルを乗り越えるたびに私は鍛えられ、知識を増やし、人間として生きていくのに大切な多くのことを教えられました。私に生きなきゃいけないんだ、まだまだ生きたいという希望を与えてくれたのも子育てを通しての幼い彼らでした。
子育ては人間育て、たとえ私の手を離れ、自立しても私は彼らを見守っていくでしょう。共に笑い、泣き、けんかもし、ほめ、待ち、時には軌道修正の声かけなどをして、見守っていくでしょう。
こどもをなぜ産むかはこどもを持つ前には絶対にわからないのです。こどもをもつ意味は実際自分が育ててみて初めて教えられるものだからです。そして私にとってこどもを持つすばらしさは大学で学位を得たときの喜びよりも、本を出版したときの感激よりも深い深い生きていることの充実感そのものなのです。こども達よ、本当にありがとう。
