海外生まれの海外育ちの日本人も日本に住んだら
「帰国子女」?
「帰国子女」の定義、
いまだ 暗中模索
私情つうしんが始まって以来、一番のネックは結局私たちは何者ぞやの定義であった。「帰国子女」という名称がこれほどまで知れ渡り、これほどまで長い年月に渡って根付き、それでいて私たち当事者は「帰国子女?やっぱり変な名前よ。なんかひっかかるわよね。」と納得いかぬ状態が今なお続いている。
さて、私もそれに気付いた一人。帰国子女はあまりにも多様化され、たったひとつの定義ではdefineできなくなってしまっているのだ。
ここでまだ字を書けない娘より一言。
私はAlicia Corinne Yonekubo。両親はしっかり日本名も付けてくれた。日本名、米久保有沙。どちらが先に来たかは知らないけれど、両親としては日本国籍を持った日本人としての日本の名前、それから海外へ出ても通用する、覚えやすい国際的な名前をも付けた。という私は英語を母国語とし、日本に帰ってきて初めて日本語を覚えたシンガポール生まれの日本人。
何度か一時帰国で日本へは行ったものの、一度もその地に住んだことはなかった。私にとってふるさとはシンガポールで日本は異国でしかなかった。そして4年後、私は日本へ渡った。決して日本へ帰ったとは言えない。なぜなら以前そこに住んでいたわけでもないからだ。
それでだれかが私のことを「帰国子女」と呼んだ。どうして?なぜ?私は帰国した気持は全くないのに。私が帰国するとしたら、そこはシンガポールしかないのに。
それでも私は「帰国子女」?いいえ、私は日本国籍を持った、両親を日本人に持った日本人で、海外で育ち、海外生活体験があるけれども、断固私は帰国子女ではありませんと言いたいの。けれどそれなら私は何者?別に特別なレーベルはいらないわ。私はAlicia Corinne Yonekuboよ。と、もうあとは名前しかないというところにたどりつく。
この子の母親である私は海外で出産する日本人女性や海外で子育てをしている日本人女性をサポートする仕事についているが、その子どもたちは決して「帰国ベビー」とは言えないのだ。帰ってきたと言えるのは以前そこにいたからである。しかし彼ら海外生まれのベビーたちは日本国籍を有した日本人でありながらも初めて日本という新しい国へ足を踏み入れるのである。
そのため彼らの親を迎えるときは「お帰りなさい」であっても、まだもの言わぬ小さな彼らを日本へ迎えるときは「お帰り」ではなく「ようこそ日本へ"Welcome to your country, Japan"」となるべきなのである。
えっ!
Repatriated children?
本当にそんな訳に
落ち着いちゃっていいの?
ましてやrepatriated childrenなどはとんでもない。日本に来る海外生まれのベビーたちは日本に対するpatriotism すらないのであるからだ。
もしかしたら日本を出て、帰国した多くの「帰国子女」ですら日本に対する愛国心つまりpatriotismがあるかどうかは疑問だ。少なくとも私は何年も離れていた自分の国に帰ってくるのが怖かった。日本人がどう自分を受け入れてくれるかが怖かった。そしてやはり受け入れられず、今でもしょっちゅう「日本なんて大嫌い」と海に向かってストレス解消すること度々である。
日本人としての常識からちょっと異なる常識や価値観を持っている「変わった」日本人(「変ジャパ」とはよく言ったもんだ)を何らかの呼称で呼びたかったのだ。Category に押し込めることによって、彼らは安心を得、やっと納得できたのだ。つまり人間はわからないものに対して名称を付け、名称で呼ぶことによって初めて定義付けがされ、不安から開放されるのである。つまり私たちは単に彼らに安心を提供するために「帰国子女」という呼称を付けられたにすぎないのかもしれない。(何を考えているかわからない最近の若者を「新人類」と一時言っていたように。)
つまりin the future 人々は本当の意味での国際人、地球人に近づいていく。国籍など単に書類上の重要性しか持たなくなり、Caucasian も Oriental もなくなるだろう。つまり顔を見ただけでその人がどこの origin であるかわからなくなる時代が来るであろう。
実はもうそんな時代がすぐ目の前に来ているのに気が付いていないのは国内で「帰国子女」というわけのわからぬ人物をなんとか一つのことばでくくろうとすることによって自分の中に安心を求め、こだわり続けている人間だけかもしれない。
文化、言語は選択制となり、自分が好きな文化を愛し、育て、自分が好きな最も comfortable な言語を話せばよい時代が来ることを私は夢見る。
