国際人になれなくて
自分が帰国子女とは知らなかった
今の自分にとって仕事柄からしても帰国子女というテーマは切っても切り離せない。
しかしそんな私も大学をカナダで卒業して帰国したとき、自分は帰国子女だという意識がなかった。帰国子女とは小学生で帰国する児童のことかと思っていた。(ちなみに私は小1〜4をアメリカ、高2〜大4をカナダ、子どもを連れて'88〜'93にシンガポールで過ごした。)
自分が今こう考え、このような行動を取るということが海外で育ったからだと意識し、分析しはじめたのは実はごく最近のことなのだ。つまりそれだけ根強く私の中にアメリカとカナダは生き続けていたのだ。最後の外国滞在から帰国して4年になるが、日本にいるだけで私は日本にずうっといる人と同じになれるかというとやはりなれないのだ。
そんな私を国際人と呼ぶ人がいるが、私はそのカテゴリーに入るだろうか。
国際人の定義
国際人、国際人と叫ばれる中、その真の定義が篠田有子氏による
「地域の中にある種々の文化の存在を知り、理解すること、自分自身の文化的遺産にプライドを持ち、他の人々の文化的背景に対して尊敬することを学ぶ−−自己の確立と他者への理解−−自分の精神のよりどころともいうべき精神的世界を、日本人なら日本人としてはっきりと確立してはじめて他の異質な文化的基盤を持つ生き方、考え方を理解しようとする余裕と力量が生まれる−−そして自分自身が日本人であり、この広い宇宙の中で、自分がかけがえのない存在であることを教えてくれるものは、父と母との存在であり、先祖達の歴史であり生まれ育った郷土の姿である」
というようなものであれば、私は決して国際人ではないだろうし、またならないだろうし、なれないだろうし、なりたくもないと思った。両親の影響
まず自分の母親はアメリカが大好きだった。今も多い年で1年に2回ほど行くくらいアメリカびいきである。若いころ、アメリカ人と出会い、アメリカに憧れ、英語を学び、アメリカ人のようにふるまい、キリスト教にまで転じた。母は夫の海外赴任を一番に喜び、アメリカ、カナダでは生き生きと現地に根付いた人間だった。
父も同様、若いころに宣教師と出会い、彼らからの影響を受け、英語を学び、日本の会社に入ってからは海外関係の仕事にあえてついた。海外で仕事ができたことは何よりも本人にとってのプライドであった。
アメリカが大好きで、日本に対してある意味で劣等感を持ち、アメリカはすばらしい、アメリカは偉大だ、アメリカに追いつけといった姿勢を持つ戦中育ちの両親のもとで私は育った。
母親は帰国してから不適応を起こした。日本の小学校のあり方に対して反発し、日本の社会について批判していた。結局狭い日本社会を横目に自分らしく、目立ちながら、アメリカやカナダで学んだものを多くの日本人に伝えていく生き方を選んだ。
このような姿を見て育った私に日本に対する愛国心を持てという方が間違っていたのかもしれない。
さらにそれを助長したのが帰国して周りから受けた"You are not welcome"だった。せっかく日本を知りたいと思って帰国したのに逆に私は日本脱出に追いやられた。
それでも私は日本が大好きだ
たとえ日本国籍を持ち、日本語を話し、日本人の両親を持ち、日本で生活し、これからも日本で生きても、自分がどうしても日本人として愛せなければやはり私は根底のところでどこか自分の日本人という部分を否定しているのだと思う。
私は日本が好きである。日本が嫌いではない。ただその好きな部分は日本国籍を持つ日本人だから好きというのではなく、一個人として日本が好きなのだ。日本人だから日本が好きなのは当然というのもおかしな話だ。たとえどの国の人間に生まれようと、その国を好きになるか嫌いになるかは自分の国籍に関係なく個人の選択であるはずだ。
日本人を海外で育てるなんてそう簡単なものではない
海外派遣セミナーで私は幼児を海外で育てる母親に向かって、日本語ばかりにこだわるのでなく日本人としてのアイデンティティーを育ててくださいとよく言う。しかし日本人としての価値観、道徳、しきたり、情感などを海外という環境で育てるのは大変むずかしい。いったいどうやって情感などを育てられるのかとわれながら疑問に思う。そしてたとえそれらが理解できてもそれを自分の中で受け入れるかどうかは本人次第だ。ましてや滞在国でまったく逆の価値観を学校で、メディアで植えつけられているのであれば、母親がたった一人で海外という場において植え込むのは至難の技であろう。
定義に当てはまらない別な国際人に私はなりたい
定義でいう国際人とはむしろ日本で育ち、日本人をよく理解し、日本にプライドの持てる人に当てはまるのではないだろうか。地球を転々としてきた人に自分の国を一つにしぼれというのは難しいと思う。
たとえ自分の中のJapanesenessがパーセンテージにして低くても私の部分に日本人は確かにある。また他の〜人も生きている。自分が世界のどこに位置し、何を愛し、何を受け入れ、どのような価値観を持っているかはわかっている。そして他人に対する受け入れもできていると思う。相手の文化に対して尊敬の気持ちもある。国際人になるためには別に自分が〜人というきちんとした確立された一つの基盤がなくてもいいのでは。自分の文化、自分は〜人という基盤を持たなくても国際人にはなれる。「地球人」ということばは〜人という一つの基盤ができなかった人が作ったのだろう。しかしこの言葉も変だ。まるで宇宙人に対しての地球人というイメージが先行する。
そうでなかったら〜人と〜人の間に生まれた子どもは救われないではないか。
世界を転々として生きてきた人はいると思う。ましてや〜人となるためにその国に何年間か住むことすら不可能なまま成長した人もいるだろう。日本で育っても日本という国にプライドを持てずに海外へ移住した人も多くいる。しかし彼らはれっきとした国際人だと思う。
古家氏が勤めるルーツインターナショナルという会社の名前を聞いて、なんてすばらしい名前かと思った。そう、ルーツを地球全体にはっていてもいいのだ。自分の中に生きる文化が複数であってもいい。〜人という定義は一つでなくてもよい。よくアメリカでは"I'm Japanese-American"と胸を張って言うように。
そのため私は新しい定義を提案したい。真の国際人とは〜人という狭い範囲に限らず自分が何者であるかという一番PERSONALで根本的な部分を理解していて、そのもっとも確かなゆるぎがたい基盤を軸にもっと世界を自分の中に吸収し、それをまた自分の一部として成長していく人。私はそんなふうに国際人をとらえたい。あまりにも日本からかけ離れていて「自分は日本人」ととても恥ずかしくて言えない海外で長年育った日本人のために。
自分発見
思えば私は行った先々で〜人としてふるまってきた。カメレオンみたいに適応性のある自分。アメリカに行ってはアメリカ人のように話し、ホットドッグを友だちとほおばった。福島に行っては福島弁を話し、芋煮会に興じた。カナダに行っては日系三世と間違えられたほど。そしてシンガポールに行けばシングリッシュを話し、タクシーに乗っても現地の人かと思われて料金をぼられることがなかった。帰国して東京に住めば世田谷人らしく仕事に追われ、青葉台に移ってからは新興住宅で家を守る奥様のようにガーデニングを楽しんでいる。しかしこれは生き延びるために自分が身につけた技だった。さらに相手の文化を尊重するがゆえ、自分を主張して波風を立てるのを避けたのだ。そしてその適応部分というのは案外表面的なものだけであったのかもしれない。カメレオン・ノーラは服の色こそ異なった環境の先々で変えていったかもしれないが、その服の下に隠れる精神、心、ものの考え方、価値観などはちっとも変わっていなかったのだ。私はちゃんと自分を持っていた。ノーラ・コーリという〜人だった。
