表札に疑問
ノーラ・コーリ
朝日新聞 1995.10.22. 「声」に掲載
19日付け郵便配達員からのお願いを読んで。表札を付けてほしいとのことだが表札によるマイナス面も理解してもらいたい。
有名人は家に帰ってもプライバシーが守られない。
強盗のターゲットにもなる。
表札を見て客層を判断し勧誘方法を決めている訪問セールスの標的にもなる。
女性の独り暮らしの安全性も確保されなくてはならない。
これから夫婦別姓時代を迎えようとしている。
外国人ですでに夫婦別姓の人もいる。
友達同士で一つの住居をシェアすることは経済的である。
二世帯住宅も増えている。
家族が離婚、再婚を繰り返すなかで親子ですら名前の違う家族もいる。
世帯全員の姓名を出せば家の中は丸見えである。
このような時代の変化の中で家制度も崩壊され、表札を掲げる家は少なくなってくると思う。やがてアメリカのように番号のみの住居表札が日本にも到来するだろう。
表札を出すことはその家に誰が住んでいるかというプライバシーの公表なのだ。大都会は隣に誰が住んでいるかもわからない冷たさがある反面、村にはない周りの目を気にしなくてもすむ生活がある。表札に姓名を出さないことは大都会においてはプライバシー確保なのだ。名前はその手紙が誰当てのものであるかを示すのであって住所の一部としてではない。ゆえに住所だけでも充分であるはずだ。
