忘れようにも忘れられない海外で受けた差別
年末に『海外で差別を受けたことありますか』(佐藤育代著、主婦の友社)という本を読んだ。この本を読むにつれ、私が海外で受けた数々の差別が眠っていた記憶の奥からプツプツと表面に顔を出してきた。
そしてにきびのようにふき出た爆発しそうな膿は思い切ってつぶして爆発させたほうがよいのかと思って書き始めた。
偏見が植えつけられる
小学校1年の時に渡米し、差別を受けたのはその頃から始まった。
私自身の偏見の発祥地もここであった。学校には黒人の子ども達、中国人の子ども達、インド人の子ども達がいて、私の目に彼らは白人とは違うように映った。
またJewish(ユダヤ人)は白人なのにどうして差別を受けていたのか理解できなかった。彼らはアメリカ人と同じ顔と色をしているのになぜ差別の対象になるのかわからなかった。
とにかくwhite anglosaxon protestantは有色人種やユダヤ人より優越的な存在であると頭に記憶された。
さらにアメリカは、Nora Kohriは差別を受ける対象であることを教えてくれた。
歯医者さんに行ったとき自分よりあとから来た患者さんが先に診察室に入っていった。私はまだそのときに自己主張をするだけの力はなかった。たった一人で待合室に待たされて、最後になったときに先生が "I'm sorry, I didn't see you"と入れてくれた。私が見えなかったなんてうそだと思った。帰りはもうすでに暗くなっていて心細く、涙が頬を流れて止らなかった。それでも母には言わなかった。もう差別されたことを恥だと思ったのだろうか。
どこへ行ってもChineseと呼ばれた。しかし私はどこかで自分はChineseとは違うのだと主張したかったのだろうか。それとも彼らがいじめられるのを見てJapanese と言えばいじめられないと思ったのだろうか。"I'm not Chinese, I'm Japanese"と相手を正していた。
目をつりあげてからかわれることなど日常茶飯事。けれどこれも知らない子がすることで、私を知っている友達はそんなことはしなかった。
またなぜ鼻がペチャンコなのかとまじめに聞かれた。自分の鼻はそんなにペチャンコなのだろうかと鼻をつまんで高くしようと毎日かがみの前で努力したこともあった。やがてあまりにも頻繁に聞かれるので、聞かれたら"I fell from the 15th floor"と答えておいた。子どものことだから真に受けて「かわいそうだったね」と同情してくれた。あまり繰り返し答えていたので、自分自身本当にそのように鼻がつぶれたと信じこんだ時期もあった。
青春期に受けた差別
カナダに住んでいたときケベックに旅行に行った。そこではフランス語でChinese, Chineseと見る人すべてに言われていたような気がした。日記には絵が添えられていて、自分が真ん中にうずくまって周りのカナダ人に「中国人」と責められている姿が描かれていた。
一番つらかったのはhooligansから「中国人」と言われ、snow ballを頭に投げつけられたときだった。もう高校生になっていたのに、体が小さかったので、うしろから見たら子どもに映ったのだろう。あの事件のあとはだいぶ長い間立ち直れなかった。一人で外を歩くのがこわくて、心が立ち直るまではカナダ人のボディガードといっしょに外に出ていた。体が受けた痛みは決して忘れない。
カナダの高校でディスコパーティーなどに行ったときには自分がもし金髪で目が青かったら、だれか知らない男の子でもおどらないかと誘ってくれたのだろうなとダンスホールを見つめていた。知っている子は誘ってくれた。それよりも何よりもheightがほしかった。私は本当に日本でもチビで、海外ではすごく不利この上ない。日本人としてばかにされるよりは小さいことでからかわれることの方が多かった。みんな悪気はなかったので許せた。

カナダ人の多くは私がいずれ日本に帰るということを知ると親切だった。しかし少しでも永住したいことをほのめかすものなら、態度がコロッと180度転回して、日本に帰るべきだと説教をした。つまりvisitors are welcomeだがimmigrants are our competitorと化すのだ。だから政府は移民を歓迎しても底辺にいる国民は決して歓迎していなかった。
海外子女は表面的にはいずれ帰る存在かどうかはわからない。学校の中では結局現地の人達から見たらcompetitorの部類に入ったのだ。だから多くの帰国子女は強い。彼らは海外でもいじめられ、帰国しても同じ日本人からいじめられることが多い。そのため差別やいじめによって鍛え上げられた強さが彼らにはある。自己主張が自然と身に付いたのも「差別」あっての産物だ。その点を国内育ちの人たちはもう少し理解してあげてほしい。もうちょっとやそっとの差別では動じない強さこそ帰国っ子の特徴でもあろう。
