1.1.
〜 新たな年を迎えて 〜
新しい年を無事に迎えました。皆さんの地域の新年はいかがでしょうか?あらめてあけましておめでとうございます。どうぞ今年もCare the World をよろしくお願いいたします。年越しそば、初日の出、お雑煮と日本をなつかしみながら、私はここニューヨークで新年を迎えました。さあ、今年はまだ真っ白です。いったいどのような年になるのか、本当にわくわくします。
Care the World の活動において昨年はブラジルへの旅行を始め、ニューヨークへ視察に来られた方々にこちらの福祉施設や医療施設をご紹介したり、医療通訳としてもさまざまな窮地に立たされた皆様をサポートしたり、世界の誕生日祝いや離乳食について調べたり(ホームページ記載)、カウンセリングでは子どもの親権に関わるケースをいくつかお手伝いしました。多くの方々のサポートができて本当に充実した1年でした。
知的・身体的障がい者施設のデイケアプログラムの施設長としては、昨年は強迫観念性強迫症の施設利用者さんが施設内の機器やら備品を次々と崩壊し、重度自閉症の施設利用者さんはスタッフへの暴力行為が続き、警察沙汰になり、かなり神経をすり減らしました。けれども彼らのせいではなく、病気のせいなのです。チャレンジは今年も続きます。
このような環境の中で、私は引き続き、全身全霊で人々に仕えていく人間として成長したいと思います。どうぞそのような機会を与えてください。多くの人に笑顔を送りたいと思います。よろしくお願いいたします。
1.7.
〜 ティーネージャーの weight loss 手術を 思う 〜
ティーネージャーの肥満が問題となっている。原因はなんなんだろう?当然食環境もあるだろうし、まだ若いということの油断、さらには知識の乏しさもあるだろう。若いから将来どのような問題が起きうるかということにもぴんとこないであろう。しかし、若いうちに肥満対策をしないと、本当に将来、心臓発作、心筋梗塞、ひざの関節への影響、糖尿病などが懸念される。しかし、ティーネージャーの子ども達がそのようなことを言われても実感としてはないはずだ。彼らはまだ成長期にある。これからなのだ。今がからだ作りの時期なのだ。それなのになぜ weight loss 手術を希望するのだろう?なぜドクターは手術を勧めるのだろうか?親はなぜ許すのだろう?
医師らの言い分は、予備軍を少しでも減らすために、彼らには手術以外に道はないという。けれども実際はどうなのだろうか?手術の経験を積み重ねたい、数をこなしたい、収入を増やしたい、そのような気持ちもないとは言えないのではないだろうか?となると本当に患者のことを親身になってそのようなアドバイスをしているのだろうか?本音はどうなのだろう?
私の個人的な意見としては、健康なからだになぜメスを入れる?である。親も学校も地域も一体となって子ども達の肥満防止に努めることが先決だと思う。
1.14.
〜 Change is good 〜
人は変化に 弱いといえるかもしれない。なにごともいつも通りが保たれていれば楽なのだ。いつもと決まった時間に起き、決まったルーチーンをこなす。習慣化すればなにも考えなくても次の行動が出てくるのだからこれほど楽なものはないはずだ。普段のルーチーンをくずすとどうであろうか、やはり からだはストレスを感じることであろう。よく調子が狂うというがまさにそのことである。月曜日から金曜日まで規則正しい生活を送り、土日にその生活がくずれる。それはよくないと科学者はいい、ならば土日もなるべく普段と変わらない生活を送るようにというわけだ。なるほどそれはからだに負担がかからないということなのだろう。しかし、たまには change is good である。大きなchange もどうであろうか?まあ、勇気のいることであるが、変化は刺激となり、また新しい見方ができたり、人の反応も変わったりするのだからそれはそれでいいのではないだろうか?私の知っているある人は私の知る限り同じ髪型を変えていない。彼女は特に変化に弱いという。歳を取ると人は新しいことにいどむことを躊躇するようだが、まあ、私はあえてchange に臨もうと思っている。というわけで10年間同じであった電話番号を今年は変えることに決めた。確かにいろいろなところに連絡するのは面倒であるかもしれないが、私はそのプロセスを楽しむつもりでいる。
1.21.
〜 自閉症を思う 〜
私は大人の障がい者が日中通う施設でそこの施設長を勤めている。この施設には自閉症の利用者が大勢いる。しかし、みんな同じ自閉症でも個性豊かなのだ。みんな違うといってもよいだろう。よく話すときに相手の目をきちんと見れないというが、自閉症の人でも相手の目をみて 話せる人もいるのだ。手をぱたぱたさせる特徴もあるのだが、人によってはない人もいるし、本当にみんな違うのだ。動きが活発という特徴もあるが、まったく動かない人もいる。そのため、私はその人の診断にあまりこだわらないようにした。その人をその人としてみること。つまりその人の個性を見、その人の診断にもとづいてその人を見ないようにしている。診断はあくまでもpaperwork に必要なlabel でもあると思うのだ。 施設利用者の中にはいくつもの診断を備えもっている人もいる。そうなるとますます診断名に左右されるとその人の特徴が見えなくなるものだ。その人の特徴を知ることはその人が社会に適応する訓練を助けるにあたってとても大切な判断基準である。そのためにもいかにその人自身をみることが大切かを毎日知らされる。
1.28.
〜 わからないことへの不安 〜
長年、渡航先の情報を提供しているが、現地の様子がわからないということへの不安は誰もが共通にしてあるものだ。わからないから不安なのだ。そのためにはどうしたらいいか?その不安を解消するために情報を求める。つまりわからない状態からわかったという状態へ持っていくのが人間の心理なのだ。つまり人間は相当不安という状態に自分を長い時間置いておかないということなのだ。それでもわからない将来、わからない未来はあるものだ。あと4年以内に大きな地震がくるなどと発表されれば、誰もが恐怖や不安に脅えることであろう。そして備えることだろう。心理的にもだ。けれども将来などは本当にわからないし、保障もないし、私たちのコントロールできる範疇にないわけだ。そのためにはやはり今日を精一杯生きるしかないのではないだろうか?明日へ備えることはできるであろう。しかし、明日のために今日を生きるのではなく、やはり今日という確かなものだけにおいて精一杯生きるべきなのではないだろうか?
2.4.
〜 国に守られるということ 〜
その国に生まれ、その国の市民となる。そして、海外へ出向くときはその国のパスポートを持って異国へと旅立つ。その異国において、なにか問題が発生したときに、守ってくれるのは滞在国ではなく、多くの場合、旅先であれば自分の国の領事館なり、大使館である。最近のできごとではエジプトの暴動である。観光客はまさかそのようなことは予想もしていなかったであろう。安全だと聞いていたから旅立ったのであろう。しかし、現実に起きた。観光客はその国の大使館なり領事館に連絡をとり、指示を得て行動を起こした。即、国を脱出という手段を選んだ国もあったろう。そのような緊急事態に自分の市民権がある国、パスポートを発行してくれた国がどの程度自分を海外にいるとき、緊急(病気、事故、滞在国の暴動や混乱時など)のときに、自分を守ってくれるか、海外にたびたび出るものは知っておく必要があるであろう。国によっては Online で旅行先と緊急連絡先を出発前に登録しておく制度を設けているところもある。そのようなところでは旅立つ前に常にその国の安全情報を送ってくれるようだ。またなにか起きた場合、緊急連絡先に連絡をしてくれるとのことだ。それは安心である。
2.11.
〜 心に栄養 〜
皆さんは どのように 心の状態をいつも保っていますか?どのような心の状態を保つようにしていますか?おそらくほとんど人が 平安な心とか 落ち着いた心の状態を望むのではないでしょうか?それでは どのように そのような 状態を保つ努力をしているのでしょうか? 私たちのからだは 単に physical なからだの部分だけではできていません。心も大切な部分です。なぜなら心とからだは 直結しているからです。病は気からといいますが、当然だと思います。私たちは決して3食を忘れませんよね。それと同じようにやはり心の栄養も3食忘れないようにできるのではないでしょうか?さあ、皆さんはどのように心に栄養を与えているでしょうか? Meditation, Prayer, いろいろとあると思いますが、what works for you が大切でしょう。けれども 心に栄養を与えることを決して忘れないことです。なぜなら朝迎える心の状態が1日を決めることが多いからです。
2.18.
〜 いったいなにが不足しているのか? 〜
人の不足は 誰にもわからないものだ。この人は 栄光も、名誉も、お金も、すべてにおいて恵まれていると思うような人でも、自分を自殺にまで追い込むほどの重い、重い、人には理解できないほどの重荷を担っていることもあるものだ。だから人を表面的に批判することは決してあってはならないと思うのだ。Whitney Houston が命を絶った。誰もがなぜ?と思うかもしれない。生まれ持った美しい声、神を賛美する美しい心、きれいな容姿とこれ以上の恵みはないのではと思うほどの人だった。しかし、彼女の心の奥底には誰にもわからない大きなemptiness があったに違いない。そしてそれを drugs and alcohol で一時的に埋めようとしていたのであろう。私たちは常に今あるものに感謝をし、与えられた恵みを受け、人のために尽くすことが生きる基本ともいえるのではないだろうか?そう思えば、足りていないものなど何一つないということに気づくのではないだろうか?すべて心の持ちよう、姿勢いかになのだ。幸せは持っているもので測られるのではない。心の状態なのだ。It’s a choice to be happy or not, and anybody has the ability to choose, Anybody.
2.25.
〜 子どもの力 〜
親は子どものためならなんでもする。自分の命さえ投げ出すという。しかし、子どもも同じである。親のためなら命をかけるという子どももいる。それはなぜか?それは無条件の愛の証しではないだろうか?子どもはどんなぐうたらなだめな親ですら、親として失格と思う自分でも、無条件に愛してくれる。救いようのない40、50の大の大人がアルコール依存症が子どものひと言でリハビリを始めたり、子どものひと言でたばこを止めたり、子どもの力は大きい。家族の力は大きい。時には妻以上に、子どものひと言のほうが大きい場合もある。アルコールそれ自身が悪いのではない、悪いのはなぜアルコールに頼り、それに自分がコントロールされてしまうかである。人は病んだ心をきちんと治療しなくてはならないのだ。過去の傷、過去のopen wound はどこかで処置しないとずっとずっと一生その人をむしばんでいく。その痛みの原因がもうわからないほどほうっておくと人はアルコールや食べ物でその痛みをカバーしようとするのだ。その結果周りの人を傷つけてしまう。心の病気に気づいたら、しっかりと治療をすることだ。決してそのまま放置しておかないことだ。
3.3.
〜 子どもは希望 〜
地震が襲ったハイチの子ども達。ハイチでは人口の半分が18歳以下だという。とても信じられない数字である。ハイチは地震が起こる前から政治的にもいろいろな問題をかかえている国であった。そしてこの地震をきっかけに人々は立ち上がらざるを得なくなった。その多くが子ども達である。子ども達は希望を持っている。自分の将来があるからこそ、自分の国のために自分が自ら進んで改革を始めなくてはいけないという意欲を持っている。ハイチには希望があると思う。なぜなら子ども達が立ち上がったからだ。未来を夢見る彼らたちこそが国を再建するであろう。
3.10.
〜 失ってみて初めてわかるその大切さ 〜
人は失ってみて初めてその大切さがわかる。失ってからではもう遅いのに。まだ失っていないときにはとてもその大切さが見えないものだ。おばあちゃん、おじいちゃんがなぜあれほどまで目を細めて子ども達の様子を、ゆったりと構えて見守ることができるのは、もう子育てを終えたからだ。もう小さな子どもを育てる時代を通り過ぎたからだ。だから子どものかわいさが十分わかるのだ。そのかわいさがほんのわずかの時期でしかないことを知っているからこそ楽しめるのだ。あっというまに子どもは大きくなってしまうからこのかわいい時期を今、楽しまなければなくなってしまうとからだと実体験で知っているからだ。けれども子育て真っ只中にいる母親にいくら、「このかわいい時期はあっというまに過ぎちゃうのよ。」と言ってもまったく実感がないものだ。だから子どもが家を汚せばかりかりしてしまう。自分の思うように子どもが行動しないと大声をあげて怒ってしまう。私も今やっとその時期が来た。子ども達の幼少時代の連絡帳を読み返すと、子ども達がなんと子どもらしかったことか。それに対して私はなんと心底子ども達との時間を楽しまず、損をしていたことか。それでも日記、連絡帳にすべてをそのままつづってあってよかった。この日記や連絡帳は子ども達のために残したのではなかったのだ、いや、自分のために残したのだとわかった。なぜなら、この時期になって、私は子ども達の存在を楽しんでいるからだ。




